「ソフィア!」
低く、焦燥を帯びた声が耳を撃つ。
薄く目を開けば、視界に入ってきたのはエドガーの顔。
その瞳には深い心配の色がにじんでいて、まるで私だけを映しているかのように見つめてくる。
――あれ? エドガー……。
私はあれから、どうなってしまったの?
ぼんやりとした頭に霞がかかったようで、起きた出来事が全て遠くに感じられる。
身体がふわふわと浮いているような、不思議な感覚が抜けない。
「目が覚めてよかった……」
その言葉に、私は無意識に眉をひそめた。
こんなにも安堵した声を、彼の口から聞くなんて――何かがおかしい。
普段なら、冷徹なまなざしを向けるだけで、気にも留めない様子だったはずなのに。
「私は大丈夫よ。」
言葉をできるだけ冷たく響かせるよう心がける。
だというのに、エドガーの瞳は逆に切なそうな色を帯びて、私の手を握る力をますます強めてきた。
――どうして、こんなにも強く握りしめるの。まるで二度と離すまいとするみたいに。
心のざわめきを抑え込むために、私は必死で無表情を貫き続ける。けれど、その手のぬくもりが胸の奥に波紋を広げていくのを止められない。
その時、視界の端に小さな動きがあった。ちらりと横を向くと――
「母上……」
小さな震えを帯びた声が耳元で聞こえ、私は思わず息を呑む。
そこにはアレクシスがいて、何かを訴えるように私をまっすぐ見つめていた。
どこか涙を浮かべているような瞳で、必死に何かを伝えようとしている。
その手が、私の腕をしっかりと掴んでいる。
まるで、私が逃げてしまわないように。
「もう……戻ってこないのかと思って……本当に、ごめんなさい」
その声に、私は再び首をかしげる。
――なに、どういうこと? 一体どういう展開なの?
混乱する頭がさらにぐるぐる回る。
とりあえず私はこの場から逃げるために、名案(?)を思いついた。
(とりあえず……寝たフリだ!)
そう決め、そっと瞳を閉じ、深く息を吐き出す。
頭のなかでは「時間よ、早く進んで……! この状況が流れていって……!」と強く念じる。
「母上……」
「ソフィア……」
だけど、私の名前が何度も、何度も耳元に落ちてくる。
しかもエドガーの手は離れるどころか、むしろさらに強い力がこもっている気がする。
必死で意識を遠ざけようとまぶたを閉じ続けるが、エドガーの握る手がどんどん強くなる。
そこには妙な必死さがこもっていて、私の思考はさらにかき乱されていく。
――これって、もしかして罠?
脳裏をぐるぐる回る疑念に答えは見つからない。
胸のうちで叫び続けながら、私はひたすらまぶたを閉ざす。
けれど、彼らの視線から逃れられる気がしない。
こんなはずじゃ、なかったのに。
私はどこかで選択を誤ったの?