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第8話

「ソフィア!」


 低く、焦燥を帯びた声が耳を撃つ。

 薄く目を開けば、視界に入ってきたのはエドガーの顔。

 その瞳には深い心配の色がにじんでいて、まるで私だけを映しているかのように見つめてくる。


 ――あれ? エドガー……。

 私はあれから、どうなってしまったの?


 ぼんやりとした頭に霞がかかったようで、起きた出来事が全て遠くに感じられる。

 身体がふわふわと浮いているような、不思議な感覚が抜けない。


「目が覚めてよかった……」


 その言葉に、私は無意識に眉をひそめた。

 こんなにも安堵した声を、彼の口から聞くなんて――何かがおかしい。


 普段なら、冷徹なまなざしを向けるだけで、気にも留めない様子だったはずなのに。


「私は大丈夫よ。」


 言葉をできるだけ冷たく響かせるよう心がける。

 だというのに、エドガーの瞳は逆に切なそうな色を帯びて、私の手を握る力をますます強めてきた。


 ――どうして、こんなにも強く握りしめるの。まるで二度と離すまいとするみたいに。


 心のざわめきを抑え込むために、私は必死で無表情を貫き続ける。けれど、その手のぬくもりが胸の奥に波紋を広げていくのを止められない。


 その時、視界の端に小さな動きがあった。ちらりと横を向くと――


「母上……」


 小さな震えを帯びた声が耳元で聞こえ、私は思わず息を呑む。

 そこにはアレクシスがいて、何かを訴えるように私をまっすぐ見つめていた。

 どこか涙を浮かべているような瞳で、必死に何かを伝えようとしている。


 その手が、私の腕をしっかりと掴んでいる。

 まるで、私が逃げてしまわないように。


「もう……戻ってこないのかと思って……本当に、ごめんなさい」


 その声に、私は再び首をかしげる。

 ――なに、どういうこと? 一体どういう展開なの?


  混乱する頭がさらにぐるぐる回る。

 とりあえず私はこの場から逃げるために、名案(?)を思いついた。


(とりあえず……寝たフリだ!)


 そう決め、そっと瞳を閉じ、深く息を吐き出す。

 頭のなかでは「時間よ、早く進んで……! この状況が流れていって……!」と強く念じる。


「母上……」

「ソフィア……」


 だけど、私の名前が何度も、何度も耳元に落ちてくる。

 しかもエドガーの手は離れるどころか、むしろさらに強い力がこもっている気がする。


 必死で意識を遠ざけようとまぶたを閉じ続けるが、エドガーの握る手がどんどん強くなる。

 そこには妙な必死さがこもっていて、私の思考はさらにかき乱されていく。


 ――これって、もしかして罠? 


 脳裏をぐるぐる回る疑念に答えは見つからない。

 胸のうちで叫び続けながら、私はひたすらまぶたを閉ざす。

 けれど、彼らの視線から逃れられる気がしない。

 こんなはずじゃ、なかったのに。


 私はどこかで選択を誤ったの?

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