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第9話


ああ、なんて素晴らしい日なのでしょう。

空はどこまでも透きとおり、頬をかすめるそよ風は涼やか。鳥たちのさえずりまで心地よく聞こえて、まさに完璧な“脱走日和”。


「“冷酷なソフィア”」の仮面なんて、もう限界です。

誕生日パーティー以来、あの二人の様子がおかしすぎて、自分の自信まで揺らぎ始めている。

このままでは、家族まるごと破滅へ転がり落ちてしまう――

そんな危機感に背中を押されるように、私は決意しました。


今すぐにでも、この屋敷から逃げ出す、と。


すでに七十三回も練り直した脱走計画。

にもかかわらず、失敗に次ぐ失敗で、気がつけば彼らの手の中に戻っている。


「ソフィア? 窓を見つめて、どうしたんだ?」


……来た。監視役、その一。


ハッと振り向けば、そこにはエドガーが。

どうして毎度、私が動き出す寸前に現れるのよ……やっぱり何かセンサーでもついてるのかしら?


銀色の髪が陽光を受けて優雅に輝いていて、琥珀の瞳もどこか柔らかな色合い。

まるで「あなたは私が守るべき唯一の存在だ」とでも言わんばかりに見つめてくる。


ああ、これは罠。

だって、推しである私にはわかる。

あの“氷の砦”と呼ばれたエドガーが、こんな柔和な笑みを浮かべるなんて絶対におかしい。

何か狙いがあるに決まってるんだから――!


「……何でもありません。窓の外を見ていただけです。」


できるだけ平然を装いながら、彼の些細な仕草まで徹底警戒。

そんな私の緊張なんてまるで見えないかのように、エドガーはやけに優しい声で問いかけてきた。


「窓を開けるか?」


「……いえ、結構ですわ。」


ああ、これでまた七十三回目の脱走計画も水の泡に……。

胸の奥で思わず「やれやれ」とつぶやきそうになるのを、なんとか堪える。


すると、かすかに眉をひそめたエドガーが、低く言った。

「体調は……その、大丈夫なのか?」


――ちょ、優しすぎない?

こんな言葉をあっさり口にするなんて、どう考えても普通のエドガーじゃない。


いつもの彼なら、『息子の誕生日パーティーで倒れるなんて、これ以上厄介ごとを増やさないでくれ』って、あっさり突き放すはずなのに……。


そんな警戒心をフル稼働させていると、エドガーがふと微笑んで、思いがけない言葉を放った。


「君は……こんなに綺麗な瞳をしていたんだな。」


――は? え、今なんて……?


私の思考が一気に停止する。

ついさっきまで気配を殺していたはずのエドガーが、まさかこんなセリフを吐くなんて。

しかも、次の瞬間――


彼は私の手をそっと取って、そのまま唇を落としたではありませんか!


――なっ、なななっ……!?


もう頭の中が真っ白。

こんなエドガー、見たことないっていうか、夢でも見てるんじゃ……?

いや、これはバグか? 転生ルートの歪みか? 推しが別人になっちゃったの?


私がそんな混乱の渦に巻き込まれている間にも、エドガーはどこか満足げに笑っている。


「何だ、その顔。照れているのか?」


――違う、照れなんて言葉じゃ足りない!

むしろハプニングすぎて呼吸困難になりそうなんですけど!


胸の中で全力ツッコミを発動していると、今度は扉の向こうから聞き慣れた声が響いた。


「父上、母上が困っているではありませんか。」


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