ああ、なんて素晴らしい日なのでしょう。
空はどこまでも透きとおり、頬をかすめるそよ風は涼やか。鳥たちのさえずりまで心地よく聞こえて、まさに完璧な“脱走日和”。
「“冷酷なソフィア”」の仮面なんて、もう限界です。
誕生日パーティー以来、あの二人の様子がおかしすぎて、自分の自信まで揺らぎ始めている。
このままでは、家族まるごと破滅へ転がり落ちてしまう――
そんな危機感に背中を押されるように、私は決意しました。
今すぐにでも、この屋敷から逃げ出す、と。
すでに七十三回も練り直した脱走計画。
にもかかわらず、失敗に次ぐ失敗で、気がつけば彼らの手の中に戻っている。
「ソフィア? 窓を見つめて、どうしたんだ?」
……来た。監視役、その一。
ハッと振り向けば、そこにはエドガーが。
どうして毎度、私が動き出す寸前に現れるのよ……やっぱり何かセンサーでもついてるのかしら?
銀色の髪が陽光を受けて優雅に輝いていて、琥珀の瞳もどこか柔らかな色合い。
まるで「あなたは私が守るべき唯一の存在だ」とでも言わんばかりに見つめてくる。
ああ、これは罠。
だって、推しである私にはわかる。
あの“氷の砦”と呼ばれたエドガーが、こんな柔和な笑みを浮かべるなんて絶対におかしい。
何か狙いがあるに決まってるんだから――!
「……何でもありません。窓の外を見ていただけです。」
できるだけ平然を装いながら、彼の些細な仕草まで徹底警戒。
そんな私の緊張なんてまるで見えないかのように、エドガーはやけに優しい声で問いかけてきた。
「窓を開けるか?」
「……いえ、結構ですわ。」
ああ、これでまた七十三回目の脱走計画も水の泡に……。
胸の奥で思わず「やれやれ」とつぶやきそうになるのを、なんとか堪える。
すると、かすかに眉をひそめたエドガーが、低く言った。
「体調は……その、大丈夫なのか?」
――ちょ、優しすぎない?
こんな言葉をあっさり口にするなんて、どう考えても普通のエドガーじゃない。
いつもの彼なら、『息子の誕生日パーティーで倒れるなんて、これ以上厄介ごとを増やさないでくれ』って、あっさり突き放すはずなのに……。
そんな警戒心をフル稼働させていると、エドガーがふと微笑んで、思いがけない言葉を放った。
「君は……こんなに綺麗な瞳をしていたんだな。」
――は? え、今なんて……?
私の思考が一気に停止する。
ついさっきまで気配を殺していたはずのエドガーが、まさかこんなセリフを吐くなんて。
しかも、次の瞬間――
彼は私の手をそっと取って、そのまま唇を落としたではありませんか!
――なっ、なななっ……!?
もう頭の中が真っ白。
こんなエドガー、見たことないっていうか、夢でも見てるんじゃ……?
いや、これはバグか? 転生ルートの歪みか? 推しが別人になっちゃったの?
私がそんな混乱の渦に巻き込まれている間にも、エドガーはどこか満足げに笑っている。
「何だ、その顔。照れているのか?」
――違う、照れなんて言葉じゃ足りない!
むしろハプニングすぎて呼吸困難になりそうなんですけど!
胸の中で全力ツッコミを発動していると、今度は扉の向こうから聞き慣れた声が響いた。
「父上、母上が困っているではありませんか。」