「父上、母上が困っているではありませんか。」
――来た。監視役、二号。
アレクシス、堂々の登場。
まさか、扉の向こうから様子を覗いていたとはね。一体いつから……?!
慌ててそちらに目を向けると、小さな影がスッと部屋に入ってきた。
その瞳はまるで大人顔負けの冷静さを帯びていて……しかも、どこか鋭い。
淡い光が射し込むこの部屋で、アレクシスは静かに私を見上げたまま言う。
「母上は……過呼吸になるほど、父上が心配だったのですが?」
ビシリと指摘された瞬間、部屋の空気が凍ったようにぴたりと動きを止める。
「母上は……意識を取り戻すまで、泣きながら父上の名を呼んでいましたよ。
エドガー死なないで、とか、あなたがいなくなったらこの世界で生きていけない、って。」
――え? えええっ?!
何ですか、その暴露情報は。
(そんなことを……言ってたなんて?
ああ、終わった……まさしく終わったわ。
こんなところ、もう挽回のしようがない!)
どうしようもない混乱を抱えながら、私は深く息を吸い、背筋を無理やり伸ばした。
「ふっ……まさか。」
鼻で軽く笑い、目元をわずかに歪めてみせる。
――そう、私はブラックソーン家のソフィア。
今は“冷酷な悪役”であり続けなければならない。
そう思うと、舞台の上の女優にでもなったかのように、手元をひらりと翻す。
あくまで心の中でだけ、扇子を広げるように。
この偽りの小道具さえあれば、悪役としての私をきっと取り戻せる――そう、信じた。
「私がそんな弱々しい姿を見せるなんて、あり得ないわ。
ましてや、エドガーが好きだなんて。そんな嘘をでっちあげないでちょうだい。」
冷たく微笑みながら、ちらりとアレクシスの様子をうかがう。
しかし、その瞳にはわずかな揺らぎが見えて……。
(……大丈夫。私こそ悪役。
冷たく、尊大に――これで引き下がってくれるはず。)
そう祈るような気持ちでいたのに、二人は私を見つめたまま、呆然として動かない。
――あれ?
何か、妙に空気が重い。
私、言い方を間違えたかしら?
窓から差し込む陽光でさえ、いまは冷たい。
そんな張り詰めた沈黙のなか、アレクシスの小さな肩がかすかに震えた。
「母上……」
その声は、とても小さく震えていた。
まるで私が突き放したことで、深く傷ついたかのように。
(……え、ちょっと待って。
私の息子がこんな顔をするなんて、何か地雷を踏んでしまった?)
混乱する頭を何とか整理しようとしたとき、沈黙を破ったのはエドガーだった。
視線を外そうとした私の耳に、彼の低く落ち着いた声が届く。
「ソフィア……私はずっと勘違いをしていたようだ。」
え? 勘違い? 何を?
一瞬、まばたきさえ忘れてしまう。
私が何も言えずにいるなかで、エドガーの瞳はまっすぐに私を射抜いていた。