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第11話



「ソフィア……私はずっと勘違いをしていたようだ。

 本当にすまない……君は、もう一人で抱え込む必要なんてないんだ。」


――何を言っているの、エドガー。

その低く落ち着いた声が、まるで慈しむように私を呼ぶ。

けれど私の頭の中は、まるで白い霧がかかったように混乱を極めていた。


震える手で胸を押さえ、精一杯の声を振り絞る。

「私……疲れてしまったの。一人にしてほしいわ。」


声がかすれても構わない。とにかく、今は彼らから離れなければ。

そう思い、私はまっすぐドアを指差して、夫と息子を力強く追い出した。


バタン。

扉が閉まると同時に、部屋には静寂が訪れる。

思わず「ふう……」と漏れる息を、私は両手で押さえ込む。


(危ないところだった……。もう少しで、キャラが崩壊するところだったわ。

 計画を練り直さなくちゃ。すぐに、逃げる準備を……!)


自分の胸に手を当て、どきどきと高鳴る鼓動を必死に静めようとする。

――そう、私はこのまま黙って見過ごすわけにはいかない。

もうここにはいられない。エドガーにも、アレクシスにも、悪い影響を与えてしまうだけだわ。


けれど、私は知らなかった。

追い出された親子が廊下の向こうで、私とはまったく別の“解釈”をしているなんて……。


◇ ◇ ◇


「父上……やはり、母上は自ら命を絶とうとなさっているのではありませんか?」

「……ああ。彼女は、これまでずっと一人で耐えてきたのだろう。きっと、本当に限界なのかもしれない。」

「なんて健気な方なんだ、母上は……!」

「だが、このまま放っておけば、彼女は壊れてしまう。何としてでも救わなくてはならん。」

「分かりました! じゃあ僕が、これから二十四時間母上を見守ります!」

「いや、それでは不十分だ。ここはプロを雇おう。最強の護衛をつけて、彼女の安全を確保するんだ。」


いつもの冷静さをかなぐり捨て、エドガーとアレクシスは瞬く間に作戦をまとめあげる。

廊下に響くのは、思いつめたふたりの低い声。

父と息子が熱く語り合うその表情には、確かな決意が宿っていた。


◇ ◇ ◇


一方、部屋にこもった私はというと、彼らの密談など知る由もなく――

机に広げた地図を見つめ、唇をギュッとかみしめていた。


(……北へ逃げるべきか、南へ進むべきか。

 どちらのルートなら、エドガーとアレクシスの生活から、私の存在をきれいに消せるの?)


地図の上を指先でたどりながら、必死に考える。

――私のせいで、彼らの物語を壊してはいけない。

私は、“冷酷なソフィア”を最後まで演じ抜かなければならない……。


(早く決断しなくちゃ。いつまでもここにいたら、心まで揺らいでしまう。)


けれど、胸を締めつけるような苦しさが、また強まってくる。

思わず額に手をやり、ぐっと目を閉じる。

さっき押し返したはずの熱いものが、瞼の裏にじわりと広がるのを感じてしまうから。


――エドガーとアレクシスのためなら、私は悪役になるって決めたのに。

これでいい。これしかない。今さら、揺らぐわけにはいかない……。


だというのに。

何度も言い聞かせながら、心の奥底でさざめく感情を、完全には断ち切れずにいる。


(……もしも、あの人たちが本当は私と一緒にいたいなんて思ってくれていたら……?)


――だめ、望んではいけない。

そんな願いは、私には許されないのだから。


そうして、誰もいない部屋で一人、必死に地図を睨みつける。


彼らの作戦会議が、私の知らぬところで着々と進んでいるとは夢にも思わず、

ただ、ひとり。逃亡のシナリオを書き換えることに没頭していたのだった。

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