「ソフィア……私はずっと勘違いをしていたようだ。
本当にすまない……君は、もう一人で抱え込む必要なんてないんだ。」
――何を言っているの、エドガー。
その低く落ち着いた声が、まるで慈しむように私を呼ぶ。
けれど私の頭の中は、まるで白い霧がかかったように混乱を極めていた。
震える手で胸を押さえ、精一杯の声を振り絞る。
「私……疲れてしまったの。一人にしてほしいわ。」
声がかすれても構わない。とにかく、今は彼らから離れなければ。
そう思い、私はまっすぐドアを指差して、夫と息子を力強く追い出した。
バタン。
扉が閉まると同時に、部屋には静寂が訪れる。
思わず「ふう……」と漏れる息を、私は両手で押さえ込む。
(危ないところだった……。もう少しで、キャラが崩壊するところだったわ。
計画を練り直さなくちゃ。すぐに、逃げる準備を……!)
自分の胸に手を当て、どきどきと高鳴る鼓動を必死に静めようとする。
――そう、私はこのまま黙って見過ごすわけにはいかない。
もうここにはいられない。エドガーにも、アレクシスにも、悪い影響を与えてしまうだけだわ。
けれど、私は知らなかった。
追い出された親子が廊下の向こうで、私とはまったく別の“解釈”をしているなんて……。
◇ ◇ ◇
「父上……やはり、母上は自ら命を絶とうとなさっているのではありませんか?」
「……ああ。彼女は、これまでずっと一人で耐えてきたのだろう。きっと、本当に限界なのかもしれない。」
「なんて健気な方なんだ、母上は……!」
「だが、このまま放っておけば、彼女は壊れてしまう。何としてでも救わなくてはならん。」
「分かりました! じゃあ僕が、これから二十四時間母上を見守ります!」
「いや、それでは不十分だ。ここはプロを雇おう。最強の護衛をつけて、彼女の安全を確保するんだ。」
いつもの冷静さをかなぐり捨て、エドガーとアレクシスは瞬く間に作戦をまとめあげる。
廊下に響くのは、思いつめたふたりの低い声。
父と息子が熱く語り合うその表情には、確かな決意が宿っていた。
◇ ◇ ◇
一方、部屋にこもった私はというと、彼らの密談など知る由もなく――
机に広げた地図を見つめ、唇をギュッとかみしめていた。
(……北へ逃げるべきか、南へ進むべきか。
どちらのルートなら、エドガーとアレクシスの生活から、私の存在をきれいに消せるの?)
地図の上を指先でたどりながら、必死に考える。
――私のせいで、彼らの物語を壊してはいけない。
私は、“冷酷なソフィア”を最後まで演じ抜かなければならない……。
(早く決断しなくちゃ。いつまでもここにいたら、心まで揺らいでしまう。)
けれど、胸を締めつけるような苦しさが、また強まってくる。
思わず額に手をやり、ぐっと目を閉じる。
さっき押し返したはずの熱いものが、瞼の裏にじわりと広がるのを感じてしまうから。
――エドガーとアレクシスのためなら、私は悪役になるって決めたのに。
これでいい。これしかない。今さら、揺らぐわけにはいかない……。
だというのに。
何度も言い聞かせながら、心の奥底でさざめく感情を、完全には断ち切れずにいる。
(……もしも、あの人たちが本当は私と一緒にいたいなんて思ってくれていたら……?)
――だめ、望んではいけない。
そんな願いは、私には許されないのだから。
そうして、誰もいない部屋で一人、必死に地図を睨みつける。
彼らの作戦会議が、私の知らぬところで着々と進んでいるとは夢にも思わず、
ただ、ひとり。逃亡のシナリオを書き換えることに没頭していたのだった。