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第17話


今日は久しぶりに、家族三人で朝食をとる日。

広々としたダイニングでは、誰も口を開かない。

静けさを切り裂くのは、時折聞こえるスープをすするかすかな音と、微かな食器の触れあう音だけ。


冷酷で高貴な義母、そして妻――それが私の役目。

家族にも使用人たちにも「冷酷で気高いソフィア夫人」という印象を抱かせるのが、この世界での私の務めなのだ。

最近は、あの二人のせいで気が緩むことが多くなってしまったけれど、今日は再び“冷酷”を貫かねば――そう固く決意して席につく。


ちらり、と隣に視線を送る。

そこには、小さな手でナイフとフォークを握りしめ、肉と格闘しているアレクシスの姿があった。

まだ幼い彼には、朝食に出された硬い肉は大変なのだろう。額にはうっすらと汗が滲んでいる。


(……ソフィア、目を背けなさい。これも教育の一環よ。)


そう自分に言い聞かせる。助けを求められない限り、こちらから手を差し伸べてはいけない。

でも、私の口は勝手に動いてしまった。


「アレクシス、そのお肉、硬いわね。……仕方ないわ、切ってあげる。」


あくまでも淡々とした口調。

ところが、アレクシスは思いがけず目を丸くして、頰をほんのりと染めた。


「ありがとう、母上。」


その幼い頰に浮かぶわずかな赤みを見た瞬間、胸がぎゅっと締め付けられるような感覚を覚える。

冷酷な悪役に戻らなければいけないのに、心が揺れてしまう――まずい。


(いけない。こんな表情、してはいけないのに。)


それでも、こぼれそうになる笑みを抑えられない。

あくまで取り繕うように、私は彼の皿を手元に引き寄せて、慎重に肉を切り分けていく。

切り終えた頃には、アレクシスの瞳はきらきら輝き、その純粋な笑顔が私の心を危うくさせる。


(……だめ。これ以上、優しくしすぎたら崩れてしまう。)


向かいに座るエドガーの視線にも気づいたが、私はそちらを見ないよう努める。

しかし彼は、ふっと口角を上げると、唐突に片肘をついて、少し不気味なくらいのニヤニヤ顔をこちらに向けてきた。


「ソフィア、今日はどこかに出かけるのか? ずいぶんとめかし込んでいるじゃないか。」


含みのある声音。

思わず背筋を伸ばし、私は毅然と答える。


「何をおっしゃいますの? これは単なる日常の一環ですわ。」


しかし、胸の内では(リナとアンナが朝からやる気に燃えてしまったせいで……)と嘆いている。

まさか朝食のためだけに、髪を縦ロールに巻き上げ、華やかな衣装を着せられるなんて思いもしなかった。


エドガーは楽しげに喉の奥で笑う。


「私に会うからって、そんな気合いを入れなくてもいいのに……ふふっ」


(もしかして、また彼の好感度を上げてしまったかもしれない……そんな気がしてならないわ)


ますます不可解な笑みを浮かべるエドガーに目を丸くしていると、今度はアレクシスが甘えた声を出す。


「母上、今日の昼は、僕の“秘密の場所”でピクニックなんてどうですか?」


突然の提案に、私は思わずフォークを止める。


「ピクニック、ですって?」


アレクシスは、自信たっぷりに微笑む。

すると今度はエドガーが、ほんの少しだけ眉をひそめて低い声で言った。


「私が行くのでは……ダメなのか?」


アレクシスは迷いなく、朗らかに答えてみせる。


「もちろん。父上はお忙しいんですよね。だから、ぼくと母上だけで行きます。」


さらりと言い放つアレクシスに、エドガーは意外そうに言葉を失ったようだ。

その様子を眺めているうち、私は思わず微笑みそうになる。

これほどはっきりと父親を差し置いて話すアレクシスを見たのは、初めてかもしれない。


(ふふ……こんな朝食も、悪くないかもしれないわね。)


朝の静寂のなか、二人のやり取りを眺めながら、私はいつもより少し柔らかな気持ちでナイフとフォークを動かす。

冷酷な仮面の内側で、ほんの少しだけほころぶ私――そんな自分に気づきつつ、静かに朝食を終えたのだった。

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