青空の下、振り下ろされる剣の音だけが、広場の静寂を切り裂いていた。
アレクシスは木剣を握りしめ、一定のリズムで体を動かす。振るたびに見える筋肉の動きには、無駄のない力強さと、どこかしなやかな美しさがあった。
――風を裂く木剣の音。集中した息遣い。それが静かな広場に溶け合う。
「ふっ……!」
低く吐き出した気合とともに、木剣が鋭い軌道を描く。
その刹那、背後から微かに低い声が響いてきた。
「ほう。なかなかいい動きだな。」
ふいに響く言葉に、振り返るまでもなく、アレクシスは相手を悟る。
わずかに眉を寄せ、険しい表情を浮かべつつ、振り下ろした木剣を下ろして呼吸を整える。
「父上、何の用です?」
冷静に問いかける声に、悠然たる足取りで近づいてくるエドガーの姿。
陽光を浴びた銀の髪が柔らかく揺れ、その瞳は鋭く息子を見据えていた。
「いやなに、たまには息子の成長ぶりを見ようと思ってな。」
エドガーは腕を組み、口元に余裕の笑みを浮かべる。
その態度に、アレクシスは小さくため息をついて、冷ややかな視線を父に向けた。
「見に来るだけにしては、随分とご立派なご登場ですね。」
けれどエドガーは動じる様子もなく、肩をすくめてみせる。
まるで息子の冷たい言葉さえ、ひとつの愛嬌として受け入れるような、奇妙な余裕があった。
「まあまあ、そんな目をするな。」
ところが、次に発せられた言葉は低く深く、空気にわずかな緊張を走らせた。
「アレクシス。あの幻覚魔法……お前だろう。」
淡々とした一言――だが、その含みは重い。
アレクシスは咄嗟に肩を強張らせる。冷静さを保とうとしても、瞳がわずかに揺れた。
「……いつ気づいたんです?」
息を押し殺すように問い返すアレクシスを見て、エドガーは腕を組んだまま、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「我が息子が、あれほど強力な魔法を秘めていようとはな。」
短く息を吐き、アレクシスは観念したかのように目を伏せる。そして、ゆっくり顔を上げて決意を秘めたまま父を見据えた。
「……やはりバレていましたか。」
そっと漂う緊迫を破ったのは、エドガーの意外な言葉だった。
「まあいい、また使ってもいいぞ。」
「は?」
思わずアレクシスが眉を上げる。
そしてさらに不可解な提案が、まるで悪戯な子どものようなエドガーの口から続けられた。
「ただし、クラリスの前でだけな。」
「……はぁ?」
アレクシスの視線が急激に冷たく鋭くなる。
何を言いだすのか、とでも言いたげな表情に、エドガーはどこ吹く風とばかりに胸を張ってみせる。
「意味? そんなものは必要ないだろう!」
堂々と断言する父に、アレクシスは深い溜め息をついて髪をかき上げた。
「……父上、最近どうも鬱陶しいのですが。」
ぼそりと呟いたアレクシスの本音に、エドガーは目を見開く。
「お、おい、息子よ。それは傷つくぞ?」
「気にしないでください。僕自身も原因はわかりません。」
淡々とした口調で言い放ち、アレクシスは一度うなじに手をやると、足元に落ちている木剣をちらりと見やった。
そこへエドガーは苦笑を含んだ声で言う。
「よし。ちょっと稽古相手をしてやる。」
その挑発じみた提案に、アレクシスはわずかに眉をひそめながらも、剣を握り直した。
二人の間に流れ込む緊迫。
やがて静寂を突き破るように、木剣同士が激しくぶつかり合う音が広場に響き渡る。
――息づかいと打撃音だけが、青空の下で繰り広げられる戦いを物語る。
互いの力を確かめ合うように、剣閃が何度も閃く。
そして――最後に、エドガーの胸元へ木剣をぴたりと止めたのは、成長著しいアレクシスの腕だった。
「やるな、息子よ。ここまで成長しているとは。」
エドガーは剣を下ろし、感慨深げに息をつく。
対するアレクシスは、つと埃を払いながら冷静に答える。
「本気で挑めとおっしゃったのは、父上でしょう。」
その言葉に、エドガーは苦笑しつつも、どこか誇りを帯びた表情を浮かべている。
父と子との、わずかながらも通じ合う感覚。それは、真昼の陽光のなか、熱の残る木剣のように静かに余韻を残していた。