私は、家族の温もりを知らないまま育った人間だ。
前世の私が物心ついた頃には、すでに母はいなかった。孤児院の前に置き去りにされたという話だけが、記憶の代わり。
雪深い冬のことだったそうだ。
母は幼い私をそこに置き去りにしたきり、二度と戻ってこなかった。
その孤児院には先に、同じ母を持つ兄と姉がいたが、彼らは私を“家族”とはみなしていなかった。
孤児院でいくらいじめられようとも、決して助けはせず、他人のように振る舞うだけ。
そこで私が学んだのは、相手に従順にふるまうことが、一番楽な生き方だということだった。
私はただ、人に合わせて頷くだけ。それを周囲は「優しい子」と言ったが、自分ではどこか冷たい人形のようだと感じていた。
そんな孤独を埋めるようにして、私は『君が未来を照らすから』という物語にのめり込んでいった。
切なくて温かなその世界に、日々の憂鬱を忘れるほど心を奪われていたのだ。
エドガーに惹かれたのは、彼が仮にも妻であるソフィアに裏切られ、深く傷ついている姿に強く心を動かされたから。
信じていた相手に裏切られる絶望と孤独――それは、私の内側にある、どうしようもない虚無感に重なるようで、目を逸らすことができなかった。
気づけば、私は物語の中で彼を追いかけ、彼の痛みを分かち合いたいとさえ思っていた。
そして、そんな私がまさか“転生”をし、“ソフィア”として家族を持つことになるなんて――。
最初は戸惑いと恐怖ばかりだった。
家族というものが、いったいどういう存在なのか、私にはわからなかったから。
愛情を与えられた経験などなく、どう愛情を注げばいいのかさえ見当がつかなかった。
私は“母親”になれるはずがない。そんな資格はないと思っていた。
けれど、ここにいるエドガーとアレクシスは、何の疑いもなく私を受け入れてくれた。
「道具」や「駒」としてしか扱われたことなかった私に、温かな手を差し伸べてくれたのだ。
そしてエドガーは言った。
「君は自由だ」と。
自由……。
誰かの言葉に従うことしか知らなかった私には、あまりにも遠い響きだった。
しかし、その一言を耳にした瞬間、胸の奥で何かが音を立てて崩れていくのを感じた。
――私が、ただの人形ではなく、ひとりの人間として存在してもいいのだと。
もし本当にそう言ってもらえるのなら、私はどれほど救われるだろう。
愛情を知らない私が、温かな家族など遠い夢のはずの私が、こうして受け入れられている。
今、この胸に満ちているものは、ずっと憧れ、それでも届かないと思っていた“家族”の温もりの、ほんの一片なのかもしれない。
それはたった一片にすぎないかもしれない。
けれど、私にはどうしようもなく大きく、心を揺さぶる。
この“家族”という存在が、私にとってどんな奇跡になり得るのか――そう思うだけで、息苦しいほど胸が熱くなる。
(私もいつか、彼らに何かを返せる日が来るのだろうか。いえ、“愛する”なんて、私にできるのだろうか……)
そんな不安は尽きない。
でも、今はそっとこの温もりにすがってみたい。
“家族”を知らず、愛情を知らず、けれどここにいる私が、たったひとつ感じられる確かなもの――。
そう、この暖かさこそが私にとって、かけがえのない希望なのだと。