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第21話



澄みきった青空の下、庭には柔らかな陽射しが降り注いでいる。

遠くまで続く緑の芝生、そのあちこちを彩る花壇の花々は風に揺れ、見る者の心を溶かすような穏やかな光景だ。

だけど――まるでここが私の“居場所”になってしまったかのような錯覚を覚えるのが、どこか恐ろしい。


そんなことを考えていた矢先、耳に馴染んだ声がさらさらと風に乗って届いた。


「母上、今日も庭にいらしたのですね?」


振り返ると、そこにはアレクシスの姿が。

柔らかな光の中に佇むその表情は、幼さと大人びた雰囲気が入り混じり、どこか不思議な魅力を放っている。


「ええ、少し散歩をしていただけよ。」


そう言いながら、私は視線を芝生に戻した。

アレクシスという子は、どうしてこうも絶妙なタイミングで現れるのだろう。

きちんと授業も受けていないはずだが……。


「アレクシス、授業に戻りなさい? あなたの父上に知られたら叱られるのは私なのだから。」


冷たく言い放ったつもりなのに、彼はまるで嬉しそうに微笑むだけ。

最近、私はこの子や夫との距離感がつかめなくて、戸惑うことばかりだ。


本当は私がここにいるのは、いつでも国外逃亡できるようにあれこれ画策しているから。

そう、この温もりにほだされてはいけない。私はまだ“悪役叔母”を演じ続けなければ――

そう自分に言い聞かせているというのに。


「母上がそうおっしゃるのなら、戻ります。ただ、一目だけでも母上にお会いしたくて。」


くすりと笑うアレクシスは、小さな足音でこちらへ歩を進める。

そして、その一瞬で、ふんわりとした温かさが私を包んだ。


「えっ……?」


気がつくと、アレクシスの小さな腕が私の体をぎゅっと抱きしめている。

思わぬ力強さに、驚きと戸惑いが混ざり合い、体がこわばった。


「母上、またね」


耳元に小さな声が囁く。妙に大人っぽくて、その温度に胸がざわつく。

抱擁を解いたアレクシスは、いたずらめいた笑みを浮かべると、こちらに手をひらひら振って城の方へ戻っていった。


「ちょっと……!」


呼び止めようとしたけれど、間に合わない。彼の背中はもう遠ざかっていく。

私は呆然とその姿を見送りながら、微かな息をつく。


「あの――」


背後からかけられた低い声に、思わず肩を震わせた。

振り返ると、そこにはカイルが立っていた。護衛騎士の彼は、いつの間に姿を現したのだろう。

どうやらエドガーに注意されたらしく、最近は影のように静かに傍にいるらしい。


「失礼を承知の上で発言させていただきます。」


真摯なまなざしに、私の胸はかすかに高鳴った。

彼は一瞬ためらうように唇を結んだあと、言葉を紡ぐ。


「アレクシス様は、たしかに大人びた言動をされますが……まだ10歳の子どもです。

きっと、ソフィア様にもっと甘えたいのでしょう。」


どこか優しい光を帯びた瞳で、カイルは静かに言う。

その言葉が、まるで矢のように私の胸を貫いた。息が詰まる。


「愛情を持って、もう少しだけ接して差し上げてください。」


愛情……。

私などに与えられる資格があるのだろうか、と考えると、胸が軋むように痛む。

けれど、こんなにも真面目な顔で言われると、その思いを無下にするわけにもいかない。


私はぎこちなくカイルの方を向き、その瞳を見据えた。

すると、カイルが息を飲むのがわかった。彼は私に叱られると思っているのかもしれない。


「……わからないの。」


ぽつりと呟いた声は、自分でも驚くほど弱々しかった。


「え?」


カイルが不安げに目を見開く。


「愛情って、どうやって与えればいいの? 私、まったく知らないの。

一度だって、そんなものをもらったことがないから……」


最後の言葉が少し震えて、声が掠れそうになる。

カイルは愕然とした表情のまま、わずかにうろたえたように身体を揺らした。


「わ、私は……っ! いったい何ということを……!」


カイルの声は震え、今にも泣き出しそうな目で私を見つめる。

その瞬間――


「ソフィア様!!!」


突然、カイルが大声を上げた。

私は思わず身をすくめ、何が起きたのかと目を丸くする。


「ご心配なく! 私が愛とは何なのか、ご教示いたします!」


両手を大げさに広げ、まるで舞台役者のように熱弁を始めるカイル。

あまりの光景に呆気に取られ、私は口を開けたまま硬直する。


「は……?」


私がようやく声を漏らしたとき――


「ちょっと待て……!」


唐突に響いた声が空気を切り裂き、思わぬ乱入者の存在を知らせた。



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