澄みきった青空の下、庭には柔らかな陽射しが降り注いでいる。
遠くまで続く緑の芝生、そのあちこちを彩る花壇の花々は風に揺れ、見る者の心を溶かすような穏やかな光景だ。
だけど――まるでここが私の“居場所”になってしまったかのような錯覚を覚えるのが、どこか恐ろしい。
そんなことを考えていた矢先、耳に馴染んだ声がさらさらと風に乗って届いた。
「母上、今日も庭にいらしたのですね?」
振り返ると、そこにはアレクシスの姿が。
柔らかな光の中に佇むその表情は、幼さと大人びた雰囲気が入り混じり、どこか不思議な魅力を放っている。
「ええ、少し散歩をしていただけよ。」
そう言いながら、私は視線を芝生に戻した。
アレクシスという子は、どうしてこうも絶妙なタイミングで現れるのだろう。
きちんと授業も受けていないはずだが……。
「アレクシス、授業に戻りなさい? あなたの父上に知られたら叱られるのは私なのだから。」
冷たく言い放ったつもりなのに、彼はまるで嬉しそうに微笑むだけ。
最近、私はこの子や夫との距離感がつかめなくて、戸惑うことばかりだ。
本当は私がここにいるのは、いつでも国外逃亡できるようにあれこれ画策しているから。
そう、この温もりにほだされてはいけない。私はまだ“悪役叔母”を演じ続けなければ――
そう自分に言い聞かせているというのに。
「母上がそうおっしゃるのなら、戻ります。ただ、一目だけでも母上にお会いしたくて。」
くすりと笑うアレクシスは、小さな足音でこちらへ歩を進める。
そして、その一瞬で、ふんわりとした温かさが私を包んだ。
「えっ……?」
気がつくと、アレクシスの小さな腕が私の体をぎゅっと抱きしめている。
思わぬ力強さに、驚きと戸惑いが混ざり合い、体がこわばった。
「母上、またね」
耳元に小さな声が囁く。妙に大人っぽくて、その温度に胸がざわつく。
抱擁を解いたアレクシスは、いたずらめいた笑みを浮かべると、こちらに手をひらひら振って城の方へ戻っていった。
「ちょっと……!」
呼び止めようとしたけれど、間に合わない。彼の背中はもう遠ざかっていく。
私は呆然とその姿を見送りながら、微かな息をつく。
「あの――」
背後からかけられた低い声に、思わず肩を震わせた。
振り返ると、そこにはカイルが立っていた。護衛騎士の彼は、いつの間に姿を現したのだろう。
どうやらエドガーに注意されたらしく、最近は影のように静かに傍にいるらしい。
「失礼を承知の上で発言させていただきます。」
真摯なまなざしに、私の胸はかすかに高鳴った。
彼は一瞬ためらうように唇を結んだあと、言葉を紡ぐ。
「アレクシス様は、たしかに大人びた言動をされますが……まだ10歳の子どもです。
きっと、ソフィア様にもっと甘えたいのでしょう。」
どこか優しい光を帯びた瞳で、カイルは静かに言う。
その言葉が、まるで矢のように私の胸を貫いた。息が詰まる。
「愛情を持って、もう少しだけ接して差し上げてください。」
愛情……。
私などに与えられる資格があるのだろうか、と考えると、胸が軋むように痛む。
けれど、こんなにも真面目な顔で言われると、その思いを無下にするわけにもいかない。
私はぎこちなくカイルの方を向き、その瞳を見据えた。
すると、カイルが息を飲むのがわかった。彼は私に叱られると思っているのかもしれない。
「……わからないの。」
ぽつりと呟いた声は、自分でも驚くほど弱々しかった。
「え?」
カイルが不安げに目を見開く。
「愛情って、どうやって与えればいいの? 私、まったく知らないの。
一度だって、そんなものをもらったことがないから……」
最後の言葉が少し震えて、声が掠れそうになる。
カイルは愕然とした表情のまま、わずかにうろたえたように身体を揺らした。
「わ、私は……っ! いったい何ということを……!」
カイルの声は震え、今にも泣き出しそうな目で私を見つめる。
その瞬間――
「ソフィア様!!!」
突然、カイルが大声を上げた。
私は思わず身をすくめ、何が起きたのかと目を丸くする。
「ご心配なく! 私が愛とは何なのか、ご教示いたします!」
両手を大げさに広げ、まるで舞台役者のように熱弁を始めるカイル。
あまりの光景に呆気に取られ、私は口を開けたまま硬直する。
「は……?」
私がようやく声を漏らしたとき――
「ちょっと待て……!」
唐突に響いた声が空気を切り裂き、思わぬ乱入者の存在を知らせた。