「カイル、何を言っているんだ?」
不意にかかった声に振り返ると、そこにはエドガーが腕を組んで立っていた。
満面の笑みを浮かべているのに、背後から漂う黒いオーラはぞっとするほど物騒。私は思わず一歩後ずさりしそうになる。
「まさか、カイルが“愛の教授役”にでもなるつもりか?」
エドガーがにやりと唇を吊り上げる。そこには毒気を孕んだ熱があり、私は心の中で「ひぃっ!」と悲鳴をあげそうになった。
「え……?」
カイルは一瞬固まったが、すぐに我に返り、必死に手を振りながら弁明を試みる。
「い、いえ、違います! 私は、本気で――」
しかし、その焦りようを嘲笑うように、エドガーは肩をすくめ、冷たい声を落とす。
「本気、だと? カイル、君が愛を教えるなんて滑稽だ。
笑わせないでくれ。」
そう言いながら、エドガーは静かに一歩、私のほうへ近づく。
その瞳には妙に熱を帯びた光が宿っていて、私は心臓が早鐘を打つのを感じる。
「ソフィアに教えるのは、この私なんだから……」
低く落ちついた声で言いながら、エドガーは私の顎をくいっと持ち上げた。
瞬間、距離がぐっと縮まり、私は思わず息を呑む――しかし。
「ぐっ……!」
突然、エドガーが苦しげにうめき声を上げ、腹を抱えて前かがみに。
目を開けると、エドガーは苦痛に顔をゆがめて倒れこみそうになっているではないか。
「父上? 母上が嫌がっているではありませんか。」
どこからともなく現れたアレクシスが、にこにこ笑みを浮かべて立っていた。
ただし、その手には木刀が握られており、こわいほどの物騒な空気を漂わせている。
「ほら、こんなに震えて。かわいそうに。」
そう言いながら、アレクシスは私の肩を抱き寄せる。
さらにそのまま、私の頰にそっと唇が触れた――え?
「母上は僕のものです。誰にも触れさせません。」
その瞬間、視界の端でエドガーとカイルが目を見開いたまま固まっているのがわかる。
(な、何が起きているの……?)
「ア、アレクシス……」
エドガーがうめくような声を上げる。
先ほどまでの余裕めいた気配は、すっかりかき消されてしまっている。
「父上も、カイルも。」
アレクシスは木刀を軽く振りながら、まるで幼い子が無邪気に微笑むかのように――しかしどこか凄みを帯びた笑みを浮かべる。
「勝手に僕の母上を口説かないでください。母上は、僕と愛を深めるんですから。」
愛を……深める?
まったく状況がつかめず、私はただ呆然と立ち尽くす。
すると、アレクシスは再び私の肩をぎゅっと抱き込み、もう一度そっと頰にキスを落とした。
「母上、安心してくださいね。僕が誰よりも愛して守りますから。」
思わず視線を向ければ、エドガーとカイルはまるで石像になったかのように固まっている。
エドガーの唇が微かに震え、何かを言おうとするものの、言葉にならないらしい。
――まるで空気が凍りついたような、この妙な緊張感は一体……。
「うん、なんか始まったわね……。」
混乱で頭が真っ白になりながら、私は小さく呟くしかできなかった。
たわわに咲く花々を背景に、少年の微笑みがやけに輝いているのが、どこか恐ろしいほど美しく見えたから。