翌日学校に行くとやはり優梨のことが担任から告げられた。
「えぇ……今日はみなさんに……残念なお知らせがあります……」
教室中がざわめく。勘のいい生徒は空席になった優梨の席から事の一部を察したようだ。
「みなさんとこれから学生生活をともにするはずだった藍原 優梨くんですが……昨日事件に巻き込まれ、帰らぬ人となりました……。優梨くんの御冥福を心より祈り黙祷しましょう……」
教室中が静まり返る。今この時は誰もが優梨のことを想って祈っているのだ。それだけでも優梨は浮かばれるだろう……。
「はぁ……めんどくさ……」
不意に呟かれたその言葉を耳にした途端、俺の身体中の血が沸き立ちそうになった。
「おい……今めんどくさいって言ったの誰だッ!!」
静まり返った教室に俺の声が響いた。
「……あたしだけど?」
見知らぬ顔のクラスメイトが声を上げた。
「……お前、名前は?」
「蛍よ。名前も覚えてないの?」
優梨を信頼しきっていたのが仇になった。ここにいる大半の生徒を俺は知らない。
「……はぁ。誰かさんも心配でしょうね。あんたあの子にべったりで他の誰とも話してなかったでしょ?情けない……。それなのに大事な時はべったりしてなかったの?かわいそうな優梨ちゃん。あんたが守ってやらなきゃならなかった」
そいつの口から溢れ出たのはとんでもない罵詈雑言だった。
「お……おい、そこまで言うことはないだろ……」
クラスメイトもその剣幕を見て諌めようとした。
「いえ、この男はそうでも言わないとわかんないでしょ。……ねぇ、優梨ちゃんが死ななきゃこんなお祈りの時間なんて必要なかったでしょ?あんたのせいよ」
それでも尚その女から放たれる言葉は止まることはなかった。
「ふざけるな!……確かに俺が守ってやれなかったのは確かだ……だけど、死んでしまった彼女に対する冒涜は許せない!」
「勝手な男。別に会って数日の子がどうなっても私はなんとも思わないわ」
俺の反論をばっさり切り捨てるように暴論を唱える。
「いやでも……倫理的に……」
「まあ蛍が失礼かな……」
「あら、出しゃばったかしら、ごめんなさいね」
みんなからも非難の目を向けられているのにやけに堂々としている。
「なんだこの女……」
「君は蛍を知らないから無理もない……。この子は心が冷たいんだよ……」
「言っていいことと悪いことがあるだろ!」
「それは本当にそうだな……」
「あら、謝ったじゃない」
平然とした様子で蛍は俺を見下してくる。
「こいつ……」
「お前らやめないか。優梨くんへの黙祷の時間なんだぞ」
「う……すみません」
「……」
「お前も謝れって!」
「……ゴメンナサイネ」
「……もういい」
俺は金輪際こいつとは関わらないことにした。
だがあいつの言った通り優梨にべったりで他の誰とも話していなかったのが致命的だった。
その後の顛末は悲惨なものだった。俺はクラスの連中とつるむのがうまくいかず保健室登校。いつしかそれすら叶わずに引きこもる日々。ゲームだけがうまくなった。
だがそんな日々も俺を満たしてくれるはずがなく……。
そのまま月日は流れ俺は高校3年生になった。あいつのいない学生生活には青春のかけらも感じられなかった。
だがわかったこともあった。俺は1人でも案外やれるんだ。俺の胸の中には、いつまでもあいつがいるんだから。
今はそれだけを活動源にして大学に入って青春をやり直すために勉強中だ。
そんな生活を送っていたある日のこと……。
「よし、今日はこんなくらいにしておくか」
時刻は午前二時。連日徹夜で勉強しているがゲームをしていた頃に身体が慣れているためそこまで苦に感じなかった。しかしやはり疲労がないわけではない。今はこのやり切った身体をベッドに沈めるのが最高の楽しみだった。
「よし……おやすみ……」
部屋の電気を消して目を閉じた。
ピロロロロリロリロ!
部屋に大音量のコール音が流れる。
「誰だ!?こんな時間に!」
迷惑電話だとしても非常識な時間だ。文句を言いつけてやる。俺はそう思って電話に出た。
「もしもし!今何時だと思ってるんですか?」
ざ……ざざ……ざざざざー……。
ノイズのような音が続いている。無言電話か?
「あの……はぁ……もういいです。もう電話してこないでくださいね」
俺はそう言って電話を切った。……のだが……。
ピロロロロリロリロ!
「あー!もう!なんですか!」
俺は再びかかってきたその電話の相手に対して叫んだ。
ざ……ざざざ……ざー……。
「やっぱりいたずらか。はぁ……寝るか」
再び電話を切ろうとした時、少しだけノイズが晴れた。
「………まぁ……くん……?」
「……は?」
その声は確かに、「まーくん」と言っていた。
その呼び方をする者は俺の学校にはいない。むしろ、1人しかいない。いや……いなかった。
「……お前は……誰だ……?」
ざ……ざざ……ざざざー……。
不鮮明なノイズの音が続く。俺はその音が晴れる瞬間を、今か今かと待ち続けるのだった。