受話器から聴こえてくる音を聴き漏らさぬよう集中し続けた。
そうしているとその後もノイズばかりが続いたが、徐々に声のようなものが聞こえだした。
「やっ……り……じゃ……かなぁ……」
「おい!聞こえてるぞ!」
「……ん~……?……か……きこえる……?」
「聞こえてる!聞こえてるぞ!」
不鮮明な声に向けて何度も呼びかける。
「ここを……こ……して……あー、あー」
「はっきり聞こえるようになった!」
「わっ!こっちもはっきり聞こえる!もしも~し!」
ようやく鮮明に声が聞こえるようになった。
「もしもし!」
「その声……!本当につながったんだ!」
聞き覚えのある声だ。忘れもしない。それは俺の幼なじみの声だったから。
「おい!その声……喋り方、お前優梨なのかっ!?」
「ふっふ~ん!そうなんだよ!」
俺はとうとうおかしくなったらしい。幻影ばかり追いかけていた幼なじみは遂に俺に話しかけてくるようになったらしい。
「……いや、お前がいるはずがない。これは夢だ……」
一瞬舞い上がった自分を戒める。そうだ。死んだ人間が蘇ることなんて有り得ない。
「……まーくん。私ね、今別の世界にいるの」
「別の世界?」
ますます信じ難い。あまりに非現実的すぎることが重なって起きている。
「お前は死んだんだ……だから声が聞こえるはずもないし別の世界なんてものもあるわけがない……」
「決めつけないでよ!」
「いいや!俺は見た!……花に包まれた棺の中で眠る……冷たく固くなったお前が炎の中に消えていくのを……」
「それはそっちの世界の私なのよ。私はこっちの世界の私なんだよ」
「いや、わけわからん……」
もう頭が混乱して何が正解かなんて全くわからない。だがこのよくわからないやり取りこそが優梨との日常を想起させた。
「私の名前はユーリ・インディフィ。元の私、藍原 優梨とは魂が同じなんだけどね」
「じゃあ……お前自体はこっちの世界のお前なのか?」
「だからそう言ってるじゃん!」
「じゃあ……生きているってことなのか?」
「うーん……そうとも言えない?そっちの世界の私の肉体は死んでしまっているから……」
「じゃあお前の……ユーリ・インディフィの魂はどうなったんだ?」
「ここがポイントらしくて……ユーリ・インディフィは逆に魂が死んでしまったらしいの。それで肉体を失った私の魂が世界を飛び越えてこの肉体に入った……みたいな」
「そんなことあるのか……」
失ったもの同士が補完しあった……ってことか?
「どうもこのユーリは特別な人だったらしくて異世界と交信する術に長けていたのだとか……。だから肉体が私の魂を呼び寄せたんだって」
「それでお前は良かったのか?」
「まあ生きていられるからいいよ。こうしてまーくんともお話できてるし!」
「そこがよくわかんないんだけど」
「この身体が異世界と交信する機能を持ってるらしくて、私にもできちゃったの!異世界交信!」
「できちゃったって……」
そんな簡単な話なのか……?世界を超えて話しているってことだろ?
「でもまだ感覚がわからなくて……。さっきみたいにノイズがすごかったりするの。上達したらもっとすごいことができるかも!」
「今よりってあるのか?」
「例えば今はなんとか通信媒体に干渉してお話してるけどテレパシーみたいにいつでも話せるようになったり、映像を共有したりっていうことができるみたい!」
「それはなんか……ちょっと嫌な予感がするんだが……」
「えー!なんで?いつでもお話できるんだよ?」
「……もしかしてそれは俺に拒否権がなかったり?」
「……うん!」
少し溜めた後に優梨は元気よく返事する。
「いやそれはおかしいだろ!電話のままでいいよ!」
「でも上達しちゃったらそれの方が便利だしぃ~」
「プライバシー!知ってる?プライバシー!」
「やだなぁ~そんなの関係ない仲でしょ~?」
「いやあるよ……確かにお前が別の世界ででも生きてるって知ったらそれは嬉しいけど……お前がいなくなって色々大変だったんだからな!その遅れを取り戻すために頑張らなきゃならないんだから……!」
別に優梨に責任があるわけじゃない。そうじゃないんだけど、俺はこんな風に平然としている優梨に少し苛立ってしまった。あの辛酸と絶望の日々を知らずに好き勝手言われたのが悔しくて、つい声を荒らげてしまった。
「ご……ごめん……じゃあ……もう……連絡しないね……くすん……」
急に悲しそうに電話を切りそうな程落ち込んで見せる。流石に言い過ぎたか……こいつだって長いこと悩んでようやく連絡してこれたのかもしれない。空元気で俺を励まそうとしてくれているのかもしれないし……俺だけが強い言葉をぶつけることは逆に俺の身勝手だったかもしれない。
「いやいやいや待って!俺が悪かった!いいよ!いつでも連絡してこい!な!」
「わあ!ありがとう!」
途端に明るい声になる。うまく乗せられた気がするぞ……。
「今のはちゃんと通信記録に残したからっ!」
「こいつ……」
ばっちりやられてたぞ。
「この世界ね、まるでまーくんがやってたゲームみたいな世界なの。だから、まーくんに色々教えてもらいたいなぁって思って……。それくらいじゃいいよね?」
「あーそういうことなんだ。わかった。確かにゲームは飽きるほどやった。なんでも聞いてこい」
なんでそんなにやったのかは……あえてこいつに言う必要もないな。
「それにしても……まーくんとまた話せるなんて、夢みたいだよ」
「それはこっちのセリフだ。……お前がいないと、俺はだめだったらしい……」
「まーくん……。わかった!たくさん連絡するから!」
「あー……ほどほどにな?」
「うん!」
こうして俺は死んでしまったはずの幼なじみと世界の垣根を超えて繋がることになったのだ。誰よりも信頼していた幼なじみだ。こいつさえいれば俺はもう苦しくもなければ寂しくもない。
はずだったのだが……。