朝起きて……。
「あ、まーくんおはよう。起きた?」
早速の連絡だ。時刻は午前6時。まだ学校の支度をするには時間がある……。
「ん……おはよう。今起きたよ」
「今日から毎朝起こしてあげるからね!」
朝から爆発的なテンションの高さだ……。
「あぁ……ありがと」
登校中に……。
「まーくん今日は何の授業なの?」
「えーっと……」
今日の授業、宿題、弁当、その他もろもろ……学校につくまで今日の話をする。
授業中に……。
ぶるる……ぶるるる……ぶる……。
マナーモードにしてはいるが着信を受けて携帯が震えている。
「おーい、さっきから携帯めちゃくちゃ鳴ってるやついるぞ~。その回数は流石に異常だと思う。うん。緊急かもしれんから行ってきてもいいぞ~」
「あ、すみません。なんでもないんで電源切っておきます」
ぶるるる。ぶるる……、ぶる。
なんで電源切っても震えてんだよ……!
「……天太ァ……あとで職員室に来い……」
流石にしつこかったのか、教師から鋭い視線が突きつけられる。
「は……はい……」
……ちくしょうめ!出られないんだから何回もかけるなよな!
そして放課後も……。
「やっほー!さっきはなんで出てくれなかったの~?」
「いい加減にしろ!学校行ってるってわかんないのか!」
開口一番怒声を浴びせかける。
「ご……ごめんなさい……私ずっとまーくんとお話したかったのにずっとできなかったから嬉しくて……だから……」
しゅんとしたように優梨は声を弱める。
「あーわかった!でも頻度多すぎんだよ!じゃああれだ。学校のある時は時間を考えてもらうとして……そうでない時は緊急時以外は定時連絡という形にしよう。そうしないと流石に多すぎる……」
「えー!……あ、いや……わかりました……。あ、でも緊急時ってどういう……?」
若干渋ったものの納得はしてくれたようだ。
「そうだな……なんかわかんないことがあってどうしても訊きたいって時かな」
「わかったよ!我慢する!」
「あぁ。でもわかんない事があったら我慢するんじゃないぞ」
「それはもうばっちり我慢しないよ!」
「そこまで振り切られるとちょっと嫌な予感がするがな……」
「ふふふ~」
「まあいいや。じゃあ時刻は……そうだな……朝7時と夜7時ということにしよう」
「2回だけ!?」
いきなり鼓膜が破られそうな声を上げる。
「2回もだろ。何回かけてくれば気が済むんだ……」
「だってだって!朝の挨拶はもちろんだけどお昼だって一緒に食べたいし、それに登校中も下校中も話せるでしょ?帰ってからだって私に構ってよ~!」
駄々をこねるかのように無茶を言う。
「……あのな……悪いんだが俺にも俺の時間ってものがあるんだ。勉強しなきゃならないからあんまり時間を取られると大変なんだ……。それに、登下校だって四六時中携帯を手放せないでいたら事故に遭いそうだし他の誰かと話す機会だって減る」
「うぅ……それは……そうなんだけど……」
曇ったように声を濁らせて未だ渋る。
「……そりゃあ俺だってお前と話せるのは嬉しい。けど……お前はもうこの世界の人間じゃないんだ……」
「……ごめん。私やっぱり、連絡しない方が良かったんだね……」
自分でも言いたくはなかった。でも優梨のことをどうしても諦めなくてはならなかった俺は、その認め難い現実を受け入れなくてはならなかったのだった。
「……どうだろう……俺はこの2年間、一時もお前を忘れたことはなかったよ。また話せるなんて思ってもみなかった。だから本当に嬉しい。嬉しいけど、寂しい。だって……もう触れられるお前はいないんだから……」
「まーくん……」
そう、こうして声を聴くだけじゃ、本当に優梨がそこにいるのかさえもわからない。誰かがイタズラに作ったデータかもしれないし、もしユーリが実在したとしてもそれは優梨じゃない。優梨だったとしても、その世界は一体なんだっていうんだ。
「お前も気づいてたんだろ?あの日、俺が何を言おうとしていたか……」
掘り返したくはないが、俺の想いくらいはわかっていてくれたことを信じたい。
「……あの日?」
だが優梨はピンと来ていないようだ。
「……忘れたのか?」
「えっと……その……」
全く憶えていないような口ぶりに俺との感情の齟齬を感じた。
「お前にとっては……それほど大きいことではなかったらしい……」
「違う!違うよ!実は私……その日の記憶がほとんど無くて……」
優梨は俺の落胆を感じ取ったらしく必死に釈明する。
「記憶が?」
「うん……多分、その……死んじゃう前だったからかも。だから私、自分がなんで死んだかもわかってないんだ。多分ぼーっとしてて車にでも撥ねられちゃったんだと思うんだけど……」
その話し様からしてもそれは真実味を帯びていた。
「なんだって!?じゃあお前は……あの日起きたことについても何も知らないのか……」
あの日の記憶がない。それではあの日の真実は誰にもわからないということだ。
「なんの事かもわかんないけど……そうだよ」
「お前は……殺されたんだよ……!」
押し殺すようにそう言う。思い出したくない。あの苦痛に歪んだ声も。冷たくなった、笑わないお前のことも。
「えっ……!」
「俺が……お前と帰っていたのに……少し目を離したら……お前はもういなかった……」
「まーくんは悪くないよ……多分私が……」
「いや!お前は悪くない!お前がふらふらどこかに行ける状況じゃなかったんだ!」
宥めようとした優梨の声に被せるようにそう言う。
俺は、俺自身を戒めなければいけなかった。
そうしなければ、優梨が生きていられた世界に立っていられないから。
「……じゃあ私が死んじゃったのはまーくんのせいなんだ」
「……そうだ」
「じゃあ私が連絡しても文句言わないね?」
「あ……」
しまった。これでは断りようもない。受話器越しににやつくあいつの顔が浮かぶような気がした……。
「決まり!」
「いやいや!確かにそうだけど……それとこれとは話が……」
「違くないね!あーあ!もっと生きたかった!まーくんと一緒にいたかった!だから……まーくんの時間、私にちょうだい?」
それは……事実だ。だからこそ、だった。
俺が生きていこうと思ったのはこいつのためで、他でもないこいつが俺の時間を欲しがってるなら、譲ってやらない道理はない……か。
「……わかった!わかったよ!じゃあ好きなだけかけてこい!でもほんとに忙しい時は構ってやれないからな!」
「わーい!じゃあそうしよう!」
優梨は弾むような声を上げて喜んだ。
死んでしまった幼なじみと、電話を通して繋がることになった。ある意味これは幸福なことだったのかもしれない。だがこの奇妙な遠距離恋愛?……を楽しむよりも、その先に待ち受ける苦悩の日々に嘆息することになるのだった。