「それよりむしろキミが部下になったらどんな命令にも従わねばならない。どうする?」
「どんな命令も……」
それは軍人になるという事。重い決断だった。
だが二度も無条件で命を救ってくれたこの人が理不尽な命令などする筈ない!
―――そう確信しているルナに迷いなど無かった。
ルカにアイコンタクトをとる。
小さく頷いてくれた。それを確認し、
「了解しました。この子たちが助かるならそれでお願いします」
「分かった。ではその子達だけここで預かろう。その方が安全だ。他の捕まえた者達は指定場所へ連れて行くように。
そしてキミたちには今から私の部下としての規則、権限などが付与される。後で係りの者と誓約手続きをするように」
ルナには後悔は無かった。だが愛しき家族の様な存在達を巻き込んだ事に違いはない。少しその重圧にクラリとするルナ。だがファスターは柔和な表情で、
「もっとも私の特別親衛隊として特段の任務が命じられない限り、普段は変わり無くやって行けるから心配は要らないよ」
そう言って貰え、止まっていた呼吸を再開、いからせた肩も微かに下がる。
そして引き取られるハーフ達を見届け安堵する二人。連れてきて良かったと得心するルナ。
「あの……本当にありがとうございました……いきなり乗り込んできたこんな身分の低い新参者のワガママを……」
「もう身分は低くないよ。それに今はどんな情報でも無視出来ないし、実際に私には極めて有用だった。
寧ろ勇気の要ることを良くやってくれた。 ぜひともこれからも頼む!」
はいっ! っとルカは胸を張るが、何やらルナは重苦しそうに
「あの子と皆を早く助け出しに行きたいのに全々無力で……せめてこの位しか……」
「私達は今出来る事をやるしかない。キミはそれをやっている。だからこれでいいんだ」
「……転生時、この世界の救世主だなんて思ってた自分が、恥ずかしくて情けなくて……」
その失意の根源に強い悔恨の念を心眼で捉えたファスター。つい励まそうとしたか、
「いや、―――それでも私の自慢の部下だよ」
咄嗟に出たその言葉と優しい微笑に時が止まる。
その微妙な言い回しと空気。ルナにとって余りに確信に足る覚えのあるもの。
―――〈それでもボクの自慢の妹だよ……〉
家での虐待、学校でのイジメ。あの頃、何度も死にかけた。何度も死のうとした。しかし如何なる時も自分の全てを差し置いて支え、助けてくれた兄。
あの地獄の日々の中、ルナにとって遂に分厚い雲間から射した光の言葉。―――――それは宝物。
間違いない!!
いや……
間違えるハズ、……無いっっっっっ!!!!
我慢していた想いが遂に溢れ出してしまう。その拳を握りしめ、きっ……と唇を引き結ぶ。
突き刺す様な視線でゴクリと生唾を飲み一歩前に出るルナ。
「………に、兄さんっっっ!!!」
それを受け一切動じた様子もなく何かを諭すように毅然とファスターはこう言った。
「
―――確かにキミは酷く傷ついている。
だが、その状態では私でもどうしてやる事も出来ない。自ら変わろうとしなければ進むことも出来ない……
だからもう後ろを見るな。今キミは私の部下なんだ」
ウソッ! 何でよっ! 間違ってるとでも?!
でも……
何でも言う事をきく条件は破れない……
「……は、はい……申し訳ありません……余りにも雰囲気が……似てたもので……」
「余程そうらしいな。 さっきから心の声がダダもれだぞ……兄だったら抱きつきたい、泣いてその胸で甘えたい……」
「ちょ、や、止めて下さいっ……」
サイの心眼で読まれ、思わず俯きながら顔を背けて
《―――こんなに苦しむ事になるなら、助けないで欲しかった―――》
辛そうなルナをただ心配そうに見つめるルカ。ファスターは諭す様に続けた。
「あの日の事を責めたい、 そして謝ってほしい! 気の済むまで慰めて欲しい、約束を思い出して……そして……優しい言葉を……かけて欲しい……」
全てを言い当てられ、やり場を無くし肩を震わせ
「うくっ……も……もう許して下さい……お願いします……」
「フッ……その様に思考が丸見えでは心眼の使い手との戦闘に支障が出る。もっとサイの力を上げないとな。特にジャナス相手では必須。
実動最速のキミがやられたのは行動を読まれたからだ。サイの有能な隣の相棒もいるのだから、隠せるように教えて貰う事だ」
「すみませんでした……次から……そうします。でも、全部……分かってるんですね……」
分かってる……そう。どうせ何もかも見透かされてるんだ……
でも、だったら見ないでよ! そんな風に―――
あの日のままの……そんな目で……
収まりのつかない表情で顔を上げ、
〈だってヤッパリこんなのどう考えても!〉
と謝罪に反して突然身を乗り出す。それを横目で悟り
『ルナ!』
と止めに入るルカ。
だがもう止まらない。腕を振りほどき、もはや一切自制も利かず開き直って声を荒げた。
「ですがっ! ……ですがそれならひとつだけ教えて下さいっ」
ファスターは全てを見透かした様な、しかし決して冷淡ではなく、
睨む様にして震えながら切り出すルナ。
「二度も『偶然』命を救ってくれて……それも命がけで……その上こんな部外者取り合ってくれるなんて……
こんなのオカシ過ぎる!……
隠す事情があるならせめてそう言って欲しい。
……なのに。
確かにあなたは守り切ってくれた。この世界でだってきっとあの日の約束通りに……」
脳裏に克明に蘇るあの約束。
〈―――だからボクは約束する。ルナの事、絶対に守りきってみせるよ。例え離れ離れになるようなことがあったとしても―――〉
「でも……なら何で……どうして
こんなので本当にあの約束は守られたんですか?……
あなたが何者なのか、どんなに証拠が無くたって私には……。
だってっ!
物心がついた時からずっと追い続けて来たっ!……でもきっと、それでも人違いだ、って言うんでしょうね…… はぅ……
だったらぁぁっっ!
だったらどうして助けてくれた日も!
……今でさえっ!……んくうぅっっ……
……ずっと…………………………
っそんなに優しい目で見るんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――――――っっ!! 」