間に合わなかった。
サクラが広場にたどり着いたとき、そこに立ち塞がっているはずの立派な親衛騎士隊長はいなかった。
「……ロークル様」
サクラが目にしたのは、全身を焼かれ、直視できないほどの痛々しい状態で地面に倒れているロークルだった。
サクラはゲームをプレイしていたときに、似た光景を何度も見ている。
モニター越しに眺めていた、地面に突っ伏して動かないロークルの姿。プレイヤーとしてのサクラの心にあったのは、やっとボスを倒せたという喜びだったが、いまはそんなもの欠片もない。
想定していたはずの目の前に広がる景色に、これほど胸を締め付けられる日がくるだなんて、誰が想像できただろうか。
「……………アリエ、ノール…………」
ロークルは地面に伏したまま、最後に愛しい者の名前を口にする。サクラにはそれで、親衛騎士隊長の命の灯火は消えたと理解できてしまった。
しかし、まだ諦めていない者がいた。地面に倒れたロークルに近づく影があったのだ。
「……クロビス? なにをしているのよあの人は!」
クロビスは倒れたロークルに駆け寄りながら、回復魔法を唱えている。
淡い光がロークルのからだを包む。しかし、当然ながらすでに息絶えているロークルが起き上がるわけもない。
いくらここがファンタジーの世界でも、死んだ人間を生き返らせる魔法なんてものは存在しないのだ。
「……本当にさ、なにをしちゃってるのかな……」
クロビスは必至に回復魔法を唱え続けている。彼は優秀な魔法使いで医師だ。目の前の患者が手遅れであることは理解できているはずなのに、現実を受け入れられていない。いつまでも気持ちを切り替えることができないでいる。
クロビスの心は限界が近いのかもしれない、サクラはそう感じて胸が苦しくなった。
「へえ、まさかアンタをこんなところでみかけることになるとはね」
そんなクロビスを眺めながら、首をかしげて不思議そうな顔をしている者がいる。
無残な姿で倒れているロークルのすぐそばに、人が立っているのだ。
サクラがいるのは領主の住む城の中だ。
襲撃者を知らせる鐘が鳴り、非戦闘員はすぐに避難している。この空間には、領主に仕える忠実な兵士だけしかいないはずだ。
だというのに、その人物はこの領地に属している兵士や騎士の恰好をしてはいない。
「……ふうん、いかにも魔法使いってコーディネートね。ステ振りが変態じみているわりには、無難にまとめているじゃないの」
事切れたロークルの傍ら、そこに立っている者。
その人物は先ほど兵士から聞いた姿、そのままの男だった。
男が身に着けている装備品。
つばの広い三角にとがった帽子、その先がほんの少しだけ折れ曲がっている。
地面につきそうなほど長いローブを身にまとい、先端に大きな宝石がはめ込まれた杖を手にしている。
どこからどう見ても、古典的な魔法使いのスタイルだ。
男は回復魔法を唱え続けるクロビスに、あっけらかんとした態度で声をかけた。
「もう少しアンタとおしゃべりできるのかと思っていたのに、最初に会ったきりになっちまってさ。けっこう困ってたんだぜ?」
「そんなことは知りませんよ。あなたが勝手にどこかへ行ったんじゃないですか」
魔法使いの男に話しかけられ、クロビスはようやく回復魔法を唱えることをやめた。
ぐっと拳を握り、肩を震わせながら男と言葉を交わす。
「へえ、そんなにそっけない感じなんだ」
「もともと親しくするつもりなんてありませんよ」
「ほんとに冷たいね」
魔法使いの男は、サクラの存在には気がついていない。
それならばと、サクラはもう少し男の情報を知ることができないかと思った。
サクラは気配を消して、魔法使いの男とクロビスの会話を見守ることにした。
「……やっぱりあの人ってば、いろんな異世界人に声をかけてたのねえ。まあ、そういう役割のキャラクターだったしね」
サクラはついため息がもれてしまった。異世界人であれば誰でもいいのかと、クロビスに対してもやっとした気持ちを抱いてしまう。
まさかこんな思いをする日がこようとは、これもまったく想像ができなかった。サクラは肩をすくめながら、二人の会話を盗み聞きすることに集中する。
「私はあなたに王となることを望みましたが、仲間を殺してくれとは頼んでいません。どうして、どうしてこんなことをなさったのですか⁉」
「……うわ、面倒くさ。もう少しヒントをくれたりする感じのキャラだと思っていたのにさあ」
魔法使いの男が手にしている杖の先端が光った。
次の瞬間、光がクロビスのからだを貫いていた。
一瞬の出来事で、サクラはまったく対応することができなかった。
「別にここで敵対するつもりはなかったけどね。ヒントなんてもらえなくても、だいたいのことは知っているしな」