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第三話 偽りの出会い

 〝彼女〟がヴェインの隊舎内にある執務室を訪れたのは、先に到着したナイトが頬の治療を終えて間もなくの事だった。



「この度、第零番小隊だいぜろばんしょうたいヴェインでの勤務を命ぜられ、本日着任致しました。エレノア・リュミエール少尉であります。よろしくお願い申し上げます!」



 隊長の威厳を保とうと、脚を組んで執務机に肘を付くナイト。その尊大とも言える振舞いに対し、エレノアは「ビシッ」とお手本のような敬礼を決めてみせた。


 無駄のない美しい動作だ。



(へぇ……さすがエリートコースの軍人だね。ヴェインの噂を知らないはずはないだろうに、上手く取り繕ってる。──もっとも、細かいところは誤魔化しきれていないけど)



 例えば、不自然に力の入った頬の咬筋こうきん、神秘的な紫黄水晶アメトリンの瞳の奥で燃える感情、微かに震える指先など。


 注意深く観察しなければ気づけない程度だが、彼女の感情が滲んでいた。



「……ポーカーフェイスを貫くには、まだまだ経験が足りないね」



 エレノアはナイトの呟きが聞き取れなかったのか、小首を傾げるだけ。そんな彼女に、ナイトは「にこり」と笑って立ち上がり、



「この小隊の隊長を務めるナイト・エクス・ルーネントだ。エレノア・リュミエール少尉、君みたいに美人で優秀な人材は大歓迎だよ。これからよろしく」



 握手を求めるように手を差し出す。しかし、エレノアはそれに応じず、



「……はっ! ルーネント隊長の期待に沿えるよう、尽力致します」



 姿勢を保ったまま、淡々と答えた。

 予想通りの反応だな、とナイトは苦笑するでもなく、「パンッ」と胸の前で手を叩く。



「それじゃ、まずは隊員を紹介するよ。……と言っても、今日は一人しか来ていなくてね」



 ナイトは視線をエレノアの後ろへ向けた。

 そこにはティーセットの置かれた机と、光沢あるダマスク柄のソファが配置されたくつろぎスペースがある。


 ゆったりとしたソファの上、透き通った白金髪プラチナヘアを目立つ縦巻きロールで頭の左右にまとめた少女が悠々と座っている。

 分厚い本を膝上で広げ、黙読中だ。



「……隊長、まさか彼女がその一人……ではないですよね。妹さんですか?」


「はは! 妹みたいなものだけど、正真正銘うちの隊員だよ。ねえ、ティア。挨拶してあげて」



 ナイトが声をかけるが少女は柘榴石ガーネットのような瞳を本へ向けたまま首を横に振る。



「……イヤ。人を見かけで判断するなんて失礼だもの。話す気になれない」



 その言葉に一瞬、エレノアの表情が強張った。ナイトは苦笑しつつ、



「エレノアも悪気はなかったと思うよ? ティアみたいに可愛い子は軍ではそういないし、驚くのも無理ない。ね、エレノア」


「え、あ……はい。非礼を……お詑びします」



 ナイトが目配せすると、エレノアは慌てて頭を下げる。しかし、少女は相変わらず本から視線を外さないまま、



「謝られてもイヤなものはイヤ。……隊長マスターに対しても、無礼だし」



 ぼそりと呟き、さらにそっぽを向く。

 それを見てエレノアは怪訝な表情だが、ナイトは想定内の様子だと肩を竦めた。



「はは……ごめんね、エレノア。彼女はスティーリア・ヘイルストーン。〝魔道具マディアナ〟作りが得意な魔術師で、少し人見知りというか、好き嫌いがハッキリしてるんだ。悪い子じゃないんだけどさ」



 初見から簡単に打ち解けられるとは、ナイトも思っていなかった。

 エレノアに小声で囁く。



「いずれ話すけど……ティアにも事情があってね。共に任務をする仲間だから、ゆっくり慣れていってくれると助かるよ」



 エレノアは少し戸惑いながらも「承知しました」と返してきた。その瞳には、疑問や困惑の色が見える。



「よろしくね。隊員はティアの他にもあと三人いるんだけど──昨日ちょっと羽目を外し過ぎてね。多分今日は出て来ないと思うから、また今度紹介するよ」


「……はい」



 エレノアは平静を装っていたが、眉がピクリと動く。

 そのわずかな静かにナイトが「フフッ」と笑みを漏らすと、エレノアは怪訝な面持ちになった。



(噂通り、不可解でどうしようもないヤツに見えているんだろうな。……まあ、それでいい。俺への評価が低いほど、やりやすいからね)



 ナイトは心の中で呟いて、あからさまに昼寝を宣言する前段階へ移る。



「さて、挨拶は終わったし……。エレノア、君に任務を与えよう。早速、初仕事だ」


「はっ!」



 エレノアが背筋を伸ばし、実直な返事をする。ナイトはその横をすり抜け、ティアの向かい側に置かれたソファへ腰を下ろした。そしてソファの座面をポンポンと叩く。



「こっちにおいで。ここで一緒にお昼寝しよう」


「はい! ……って、はい? 今なんと仰いましたか?」


「お昼寝だよ、お昼寝。一緒に仮眠を取ろうと思って」



 あっけらかんと述べるナイトに、エレノアが何度も目をまばたかせている。



「それ、任務ではありませんよね……。ふざけていらっしゃるのですか?」


「大真面目さ。徹夜続きで眠くてね。睡眠不足だとパフォーマンスが落ちるし身体にも悪い。──でも君が来るのに寝こけているわけにもいかないだろ? だから出迎えを済ませたら、お昼寝しようと決めてたんだ」



 満面の笑みを浮かべつつソファにごろんと横になり、空いているスペースを手で示す。割と大きめのソファなので、二人並んで寝ることも難しくない。



「ほら、君もどう? 適度な仮眠は仕事の効率を高めてくれるよ」


「……っ、遠慮いたします!」



 エレノアが顔を赤らめ、怒りか羞恥かわからない表情で強く口調を荒げた。

 ティアがチラリと彼女に視線を送ったが、鼻で息を吐いてまた本へ視線を落とす。



「まあまあ。まさか俺が何かすると思ってる? 一応言っておくと、君が同意してないなら何もしないよ? 何よりティアがここにいるし──」


「──っ! 休まれるのであれば、お一人でどうぞ!!」



 声を荒らげたエレノアは、見るからに困惑と嫌悪を混ぜ合わせた表情でナイトを睨みつける。ナイトは軽く両手を挙げて謝意を示す。



「ごめんごめん。ちょっと肩の力を抜いてほしくて、ふざけ過ぎた。……とはいえ、睡魔に負けそうでね。仮眠を取るから、一時間後に起こしてくれるかな?」


「はぁ……。一時間後、ですね。承知しました」



 渋々ながらエレノアは命令として受け止めてくれたようだ。ナイトは「ありがとう、おやすみ」と言ってまぶたを閉じる。しばらくして、扉が開閉する音がした。


 エレノアが退出した事を悟り、ナイトは笑みをこぼす。



(……第一段階クリアー。噂通りの〝無能隊長〟に見せれば、警戒されにくい。君は攻撃的な手負いの獣と同じだよ、エレノア。一筋縄ではいかないだろうけど、その分……やりがいがある)



 チラリとスティーリアのほうを見ると、彼女は無言で本を読み続けていた。

 兵器として生み出された彼女を救った時のことが思い出される。



(ティアもそうだったなぁ。とげとげしくて、最初は誰のことも信じなかった。でも、懲りずに関わるうちに懐いてくれた。エレノアも似たようなものだ。……ゆっくり懐柔してあげるよ)



 思考巡らせながらも、ナイトは仮眠をとるべく呼吸を落ち着かせてゆく。


 すべては〝和平〟という大きな理想を実現するための布石──。


 この第零番ナンバーレス小隊ヴェイン。

 スレイン殿下の懐刀となるべく結成され、集められた面々こそが、理想を形にする歯車なのだ。



(ヴェインには、彼女とまだ顔を合わせていない隊員が三人……。ヴァン、ブロンテ、アリファーン──この三人もクセ者揃いだ。ヴェインってのは〝ゴミ溜め〟なんて呼ばれてるけど……捨てるには惜しい才能ばかりだよね。あとでエレノアがどんな顔をするのか、今から楽しみだな……)



 外から入り込む爽やかな昼の光が室内を照らし、スティーリアが本をめくる紙擦れ音が静かに響く。


 感じる光と音が心地よく、ナイトはいつの間にか意識を手放していた。

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