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第八話 密輸の海路に潜む影 ≪後編≫

 耳元で砕け散った破片が、パラパラと地へ落ちる。


 幸いにも怪我はない。

 身に着けていたピアス型の魔道具マディアナが作動し、攻撃を防いでくれた。



「……いったた、いきなりじゃれついてくるのは止めて欲しいな……!」



 ナイトは拘束から解き放たれた猛獣、燃え盛るたてがみを纏う獅子、一般的に炎獅子ラーヴァと呼称される猛獣をにらみながら体勢を整える。



(ティア特製の〝守護結界ラプロテージュ〟の魔道具ピアスが一撃か……。こいつ、通常の個体よりも遥かに強い。相当危険だ。こいつを倒すには──)


「逃がすなよ、行け!」



 刹那、思考を巡らせている間に、男の指示に従って炎獅子ラーヴァが再度、突進を仕掛けて来た。


 回避はナイトの反応速度では間に合わない。

 もう一発、受けるしかないと身構えたところで。



「おいたはダメよ?」



 声と共につばのない短刀が空から降り注ぎ、炎獅子ラーヴァの進路を遮った。


 アリファーンの暗器だ。

 彼女は音もなく現れ、いつの間にかナイトの前へ立っていた。



「アリファーン、助かった」


「隊長を危険に晒すなんて、ヴァンとブロンテは何をしているのかしら」


「二人は悪くないさ。俺がちょっと先走り過ぎたんだ」



 現にブロンテが敵を片付けてこちらに追いつき、足を止めた炎獅子ラーヴァに一撃を入れている。魔術で身体能力を強化したブロンテならば、あれに引けを取ることはないだろう。



「ちぃっ! 一体では分が悪いか……ならば!」



 リーダー格の男が再度、角笛を吹き鳴らす。

 すると、幾つかの木箱が光を放ち、獣の咆哮が響いた。

 どうやら木箱に扮した檻のようである。



「さすがに数を揃えて来られたら厄介だな……。一発ですべて片付けるしかない」



 それが出来るのは──ただ一人。



「ティア!」



 ナイトは咄嗟に幼い魔術師を呼ぶ。

 と、スティーリアはひょこりと姿を現し、ナイトが目配せをすれば首を縦に振って、分厚い本を開いた。



「足止めは私とブロンテにお任せくださいな、隊長」



 指示を出すまでもなく、アリファーンが動き、颯爽と跳び上がり、両手に構えた匕首あいくちを放つ。

 そしてブロンテが屈強な肉体を活かして、鋭い爪と牙を剥き出しに暴れる獣を殴打した。


 その間に、スティーリアの澄んだ音色が魔術の文言を、紡いでゆく。



『……約定に従い、この力を解き放たん。

 稲妻の光が花びらを照らし、雷鳴がその開花を告げる。

 いざ咲き誇れ、雷の花よ。

 我が声に応えよ──!』



 少女の小さな手が淡い光を帯び、強烈なマナの風が吹き荒れる。



霹靂に咲き誇る雷華フィオーレ・ディ・フルミネ!』



 夜の港を燦然たる紫電の火花が一瞬にして包み、雷光が密輸人もろとも獣を焼き尽くさんばかりに広がった。


 美しくも恐ろしい、稲妻の花──。


 密売人達の悲鳴が響き渡り、炎獅子ラーヴァが、檻から解き放たれようとしていた獣が、くぐもった呻きを上げている。



隊長マスターを傷つける敵は……許さない」


「す、すごい……」



 ブロンテが感嘆を漏らした。

 確かに何度見てもスティーリアの魔術は凄まじい威力だ、とナイトも冷汗を流す。


 薄煙が晴れると魔獣は倒れ込んでおり、リーダー格の男も力尽きたのか、頭から煙を立てて地面に伏していた。


 息を切らした様子のスティーリアが本を閉じる。

 そんな彼女の頭を撫で「ありがとう」と礼を述べると、彼女は頬を赤らめてこくりと頷いた。



「……これで動きは止まったかな?」



 ナイトは周囲に目を凝らす。

 密売人の殆どは無力化できたようだが、運よく魔術から逃れ震えながら逃走を図る者がいた。


 アリファーンがすかさずその者を追って優雅な動きで逃走経路を塞ぎ、ブロンテが「ご、ごめんよ……」と言いながら羽交い絞めにして意識を喪失させていた。


 やがて、祝砲にも似た銃声が一発、鳴り響き。

 狙撃に特化したマナ装填銃を抱えたヴァンが、黒いローブをはためかせて降りてきた。


 風の魔術を使ったのだろう。

 そして、彼がここへ来たという事は、一帯の敵が沈黙した事を意味する。



「お疲れ様、ヴァン」



 労いの声を掛けるも、ヴァンは反応することなくナイトの横を通り過ぎ。



「ふん……手間を取らせやがって」



 倒れたリーダー格の男を足で小突いた。

 ブロンテが顔を青くする。



「ら、乱暴はよくないよ」


「あァ? テメェもさっきまでブチかましてだろーが。良い子ぶってんじゃねェぞ」



 ギラリと菫青石アイオライトのような輝きを持つヴァンの三白眼がブロンテを睨みつけ、彼は「ひぃ!」と情けない声を発した。

 戦闘時の豪快さはどこへやらである。



「はいはい、そこまでにしてよ。その男からは情報を聞き出さないといけないからさ」


「わーってるよ、リーダー」



 舌打ちしたヴァンにナイトは苦笑くしょうしつつ、リーダー格の男の脈を確かめる。

 命に別状ないようだ。


 それから、ナイトは隊員一人一人に視線を走らせて、深いため息をつく。

 全員無事で良かった、と。



「さて、本隊もそろそろ来る頃かな。手柄はいつも通り譲るとして、こいつらへの尋問の優先権を貰おう。この魔獣と禁制品がサンクリッド王国のものなら、裏で繋がってる〝誰か〟がいるはずだ」



 するとアリファーンが「そういえば、奥で面白い書類を見つけたのよ」と一枚の紙をナイトへ差し出した。

 見覚えのある刻印と、何やら暗号のような文字列が書かれている。



「この刻印……皇国軍に所属する兵の紋章か」


「ええ。誰かが敵国と取引していたのは、もう疑いようがないわね」



 これは動かぬ証拠だ。

 ナイトは改めて味方の裏切りを確信する。



「いい仕事だよ、アリファーン。これで証拠は揃った。あとは帰還してから……」


「──ふ……ククッ」



 ナイトの言葉を不気味な笑い声が遮った。

 地面に倒れ込むリーダー格の男だ。

 まだ意識を保っていたらしい。

 男が力を振り絞って顔を上げ、苦し気に唸りながら言い放つ。



「……お前たちは、まだ何も知らない。……すべて、あの方のてのひらの上、だ……」


「あの方だって?」


「ク……クハハッ! せいぜい足掻け……愚かな女神の信徒ども……! お前たちに待ち受けるのは、絶望だ! 終末の鐘の鳴る日が、楽しみだなぁ?」



 怨嗟のこもった言葉を吐き出し、男は意識を失った。

 言葉の意味を測りかねて、ナイトは黙考する。


 しかし、この場でどうこう考えても仕方がない。

 彼らを尋問すれば〝あの方〟が誰であるかも割れるだろう。


 ナイトは頭を振って気持ちを切り替え、部下たちに向かって声を張り上げる。



「よし、作戦完了だ。ブロンテ、魔獣を檻に。拘束具もしっかり嵌めてね。ヴァン、逃げる奴がいないか改めて確認。アリファーンは書類を回収して。……ティア、大丈夫かい?」



 力を使い果たしたスティーリアは、ふらふらとした足取りで大きなあくびをしている。

 まるで眠くてたまらない子どものような彼女を、ナイトは支えた。



「……少し、眠るね。おやすみ、隊長マスター……」



 呟きを残して、スティーリアはまぶたを閉じてしまった。

 すぐに規則正しい寝息が聞こえ始める。

 ナイトはふっと微笑み「おやすみ」と告げて、自分の上着を羽織らせた彼女を船体へもたれかけさせた。



(ここからが本番だな。この密輸事件の黒幕が誰で、内部の裏切り者が何を企んでいるのか……)



 見上げれば、雲間から顔を覗かせた月が淡い光を港に落としている。

 闇が深ければ深いほど、灯された微かな光が浮かび上がるように、事態はさらに先へと進むだろう。


 ナイトはリーダー格の男の言葉を反芻はんぷくしながら、船の上で揺れる檻と、その奥に横たわる魔獣を一瞥いちべつする。



(王国の魔獣を皇国へ運び込むなんて、一兵士が独断でできることじゃない。……恐らく、権力者が絡んでいるな。思ったよりも、根が深そうだ)



 密輸組織の摘発は始まりに過ぎない。

 ナイトは胸の奥でくすぶる疑念に警戒を強めながら、薄暗い夜の海へ目を凝らした。

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