ナイトは、熱気に満ちた荒涼たる岩の合間から、美しき戦場の華を眺めていた。
復讐に憑りつかれた彼女は、恐れを知らない。魔術で敵を圧倒し、燃え盛る炎を背に剣閃を煌めかせて舞う様は華麗であった。
だが、それも束の間の事。
炎の壁から召喚された獰猛な牙を剥く
彼女を見下ろして悠々と立つ男が、処刑を楽しむかのように笑っている。
(──ここまで追い詰められるとは。想定内だが、見ていて気分の良いものではないね)
胸の奥に冷たい痛みが走る。
エレノアが無茶をするのは予測していた。むしろ、彼女が単独で動くよう仕向けたのはナイト自身だ。
けれど、こうして痛めつけられる姿を見るのは、決して愉快なことではない。エレノアのために必要な試練だと理解していてもだ。
「もう十分だ、行こう。
「了解ですわ」
隣で佇むアリファーンが頷くのを確認して、ナイトは地を蹴った。
燃え盛る炎を纏った無数の
ナイトは腕輪型の
脚のホルスターに納めた銃を抜き、夕空を舞うそれを氷の属性を付与したマナの弾丸で射抜く。
すると、耳をつんざく炸裂音が響き渡り、敵を
そこに紛れて
「──ぉお!?」
ナイトは不意をつかれて驚く男を横目に、怯む
「……まったく、無茶ばかりするな。『何かあったら、いつでも頼ってね』って言っただろう? 俺は君の〝隊長〟なんだからさ」
魔術の護りが展開し、淡く青白い光の膜がエレノアと自分を包み込む。
結界の外側を鋭い牙を剥き出した
ナイトは全力疾走で乱れた息を落ち着かせながら、地面に伏す彼女へ視線を落とす。
白い軍服は血と土にまみれてボロボロ。切り裂かれた衣服の隙間から覗く肌は咬創が無数にあり、火傷や打撲の痕で赤黒く腫れている。顔色は真っ青で、見た目にも酷い状態だ。
エレノアは視線が合うと「……どうやって、ここに……」と苦し気な掠れ声を漏らした。
「簡単に言えば、アリィのおかげ。あらかじめ〝転移先〟にマークしておいた地点に、彼女が俺を連れて来てくれたんだ。……すごい魔術だろ?」
そう言いながらナイトはエレノアを抱き起して、額に指輪をかざす。暖かな白い光が淡く揺らぎ、エレノアが負った傷を徐々に癒やしていく。
(ごめんね、本当はこんな目に合わせたくはないんだけど……)
往々にして、人は失敗から学ぶもの。荒療治ではあるが、大火事を起こしてからでは遅いのだ。
ナイトは複雑な心境を悟られぬよう優しく微笑みながら、彼女の唇の端を伝う血を拭った。
結界の外で、甲高い鳴き声が上がり、金属の飛び交う音が聞こえる。
顔を上げれば、アリファーンが持ち前の機動力を活かして、群れ合う
(アリィ一人ではあまり長く持たない。ぐずぐずしていられないな)
ナイトは結界の様子を確認する。絶えず
まだ大丈夫だろうが、油断は禁物だ。
再びエレノアへ視線を落とす。
痛みは残っていそうだが、目に見える範囲の傷は消えている。呼吸も正常に戻り、顔にも生気が戻りつつあった。
「良かった、だいぶ回復したみたいだね。どう? 動ける?」
彼女は無言でうなずいたあと、汗ばんだ前髪をかき上げて眉を寄せる。
「……どうして、助けたのですか? 私は独断で……」
「それは後で。今は敵を排除して村を守るのが先だよ。動けるのならエレノア、君にも手伝って欲しい」
ナイトはエレノアの瞳を見つめて問う。彼女はためらうそぶりもなく、大きく首を縦に振った。
淡い紫に黄金の彩りが差し込んだ
その意志の強さは賞賛に値するものだ。
「ですが、一体どうやってあの男を止めるのですか? 悔しいですが、あの男は強い。本気を出していれば、私はとっくに……殺されていました」
「……だろうね。今も余裕綽々と兵に静観させているし、嫌味な奴だよ。でも、そこが付け入る隙さ。まずは奴らを〝ある場所〟に誘導するよ。そこに勝利の秘策がある」
にやり、とナイトは薄ら笑いを浮かべた。エレノアが訝し気に表情を変えるが、全てを説明している時間はない。
「ともかく、目指すのはここから西へ下った先の山間部だ。辿り着いてさえしまえばいい。あとは
「……わかりました、西の山間部ですね」
「うん、頼んだよ。俺は援護に回るから、エレノアはアリィと協力して──」
「なーにをこそこそと話してやがる!」
ナイトの言葉を遮って男の喚声が飛ぶ。時を同じくして、ピアスが割れて結界が砕け散り、気付くと
「隊長、下がってください!」
瞬時にエレノアが剣を拾って、斬り込む。男の背後からはアリファーンの投擲した刃が飛翔する。ナイトは彼女たちの足手まといになってはいけないと考えて、距離を取った。
しかしながら、男の視線はエレノアとアリファーンのどちらでもなく、ナイトを捉えている。難なく攻撃を一蹴した彼が、鋭い目つきでこちらを睨んだ。さながら獲物を逃すまいとする
「面倒だなぁ……目を付けられたかな。俺の戦闘能力なんて本当に、たかが知れてるんだけど……」
独り言のように呟くと、耳聡く音を拾った男が唸るように答えた。
「直感が告げてるんだよ。〝あの人〟と同じニオイがするお前を、放っておくとヤバイってな。殺しておくに限る……!」
「うわぁ……獣のカン? でも、大人しく殺される道理はないよ。〝逃げるが勝ち〟ってね」
「ふん、逃げる獲物を追うのも一興だ!」
指を鳴らす音を合図に、
男の言う〝あの人〟──とは一体誰を指しているのか。
密輸事件の犯人が口走った人物と同一か。または別の人物か。
意味深な言葉には興味をそそられたが、悠長に問答していられるほどの余裕はなかった。
走りながら、アリファーンへ
「アリィ、悪いけどエレノアと一緒にフォローを頼むよ」
『それは構いませんけど……大丈夫ですか?』
「まだ四つ、
『……わかりましたわ。お気を付けて、隊長』
「アリィもね」と返して、ナイトは眼前の傾斜を滑るように降りて行く。ちらりと後方を見やれば、脇目も振らずに追って来る多数の敵が見えた。
(よしよし、いい感じに釣れているね。予定とはちょっと違うけど、このまま引き付けていこう)
正直なところ、自分には向かない役回りだ。少し走っただけだというのに滝のように汗が流れ、息苦しくて足も痛い。
だが、策を結実させるためには、泣き言など言っていられない。
(〝虎穴に入らずんば虎子を得ず〟だな)
炎の熱気が背を焦がし、殺気が突き刺さる。飛び交う攻撃を受けて、耐久限界を迎えた