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第三話 反響する銃声、孤高の剣 ≪前編≫

 月が雲に隠れ、濃い闇が辺りを覆っていた。冷たい風が頬を切り裂くように吹きつける夜更け。

 エレノアは闇夜にまぎれ、岩場の影から静かに敵の拠点を見据えた。


 ここは南東の国境沿い。誰もが見向きしない僻地へきちかと思いきや、王国軍の補給拠点が人知れず築かれていた。



(……なるほど、情報通りね。切り立つ崖に囲まれ、鬱蒼とした木々の生い茂るこんな辺鄙へんぴな場所に、王国軍の補給拠点があるなんて……盲点だわ)



 今回の任務は、ここの指揮官を暗殺すること。ナイトの立案した作戦によれば、



 一、エレノアとブロンテが正面から陽動をかけ、敵を混乱させる。


 二、その隙にアリファーンが転移魔術などで指揮官をあぶり出す。


 三、仕留めるのは遠距離狙撃を得意とするヴァン。


 四、想定外の事態が起きた時には、現場の判断を優先とする。



 ——ざっくり言えば、以上の流れだ。


 出撃前、ナイトは「無茶をしないように」と強く念を押していた。だが、実際に現地を見ていると、エレノアの頭には別の考えが過ぎる。



(見張りの塔は入口に二つ。それも簡素なもの。拠点を囲っているのはただの木の杭だし、来る前に高台から見下ろした感じ、テントの数は五十にも満たない。……これだけ守りが薄いのなら、指揮官だけじゃなく拠点ごと壊滅できるんじゃない……?)



 エレノアはチラリと隣へ視線を送った。

 今宵のブロンテは、重々しく鈍い金属光を放つマナ機関銃を両腕に抱えている。鍛え上げられた彼の体躯だからこそ扱える代物だ。


 そんな頼もしい武器を手にしていても、当人はいつもどおり緊張で落ち着かない様子である。


 少し離れたやぶにはアリファーンが潜み、さらに遠く離れた高所にはヴァンが狙撃位置を確保しているはず。


 こちらはたったの四人。この作戦は人数差のハンデ、リスクを見越してのことだとわかる。



(でも、彼らが本気を出せばきっと、数の差など何の意味もなさない)



 出来るのにそうしないのは「復讐は、新たな憎しみの連鎖を生み出すだけ」と言ったナイトの信念からだろう。


 そんなことを考えていると、拠点の外を巡回する王国兵が数名こちらへ近付いてきた。


 エレノアは岩陰に身を潜め、気配を殺す。夜風が木々をさざめかせ、あたりの音をかき消している。


 やがて、至近距離で土を踏みしめる複数の足音が、はっきりと耳に届いた。



(来た……!)



 エレノアは剣の柄に触れ、一呼吸の後、闇を切り裂くように飛び出す。

 瞳に四人の王国兵の姿を捉えると一瞬で距離を詰め、悲鳴を上げる間を与えず一人を斬り伏せた。



「な、なんだ……! 敵襲──ッ!」



 叫び声をあげようとするもう一人の兵の首筋を迷わず斬り裂く。残り二名が慌てて構えるが、その背後から轟音が響いた。ブロンテが機関銃の引き金を引いたのだ。


 魔力弾の連射がマナの嵐となり、王国兵たちをなぎ倒す。凄まじい衝撃音が夜闇を貫き、兵が断末魔を上げて沈黙した。



「や、やったね、エレノアさん……!」


「次よ、ブロンテ」



 静けさを取り戻した一瞬、拠点の方から「何事だ!」と怒号が聞こえる。こちらの思惑通り、拠点の正面から兵たちが押し寄せて来る気配がした。


 陽動の第一段階は成功だ。



「そ、そうだね。こ、ここからが本番……!」



 ブロンテが焦りつつも再装填を進め、エレノアは鋭い視線を拠点の入口へ向けた。

 迎撃体勢を整えた王国兵が右往左往している。エレノアは躊躇なく地を蹴り、正面へ駆け出す。



「皇国の騎士エレノア・リュミエールがお前たちを討ちに来たわ!」



 名乗ると同時に敵の中へ飛び込む。身体を回転させて斬りつけ、突き上げ、ブロンテの連射する魔力弾の援護射撃を盾に、兵たちを翻弄する。


 敵兵が次々と倒れる様に、拠点には混乱が広がっていった。


 エレノアの役目はここで時間を稼ぐこと。指揮官を誘い仕留めるのはアリファーンとヴァンの仕事だ。


 ──だが、思いの他、敵は大した脅威を感じさせない。



(やっぱり、わざわざ待たなくても、この調子なら拠点ごと一掃できそう)



 指揮官以外を無理に殺す必要はない、とナイトは言った。しかし、簡単に攻め落とせる相手を見逃す手はない。


 そこでふと思い至る。こういうに時こそ、作戦の〝想定外〟を活用すればいいのだと。


 エレノアは口角の端を上げた。



「……ブロンテ、行くわよ。奥にいるであろう敵将を、私たちで仕留める!」


「え、でも……!」


「大丈夫。これだけ蹴散らしておけば、あとは少数だろうし、あなたの火力があれば問題ないわ!」



 そう言うや否や、エレノアは駆け出す。ブロンテが「ア、アリファーンの合図は……!?」と困惑の声を上げるが、耳に届いていなかった。


 闇夜に奏でられる機関銃の奔流を背に、エレノアは拠点の奥へと斬り込む。兵が必死に応戦しようと集結してきたが、ブロンテが弾幕張り、剣閃を走らせれば、なすすべなく地へ伏した。



「どこへ行く気だ!」


「と、止まれ!」



 テントの陰に隠れていた数人の兵が、エレノアの前方に飛び出す。



「邪魔よ!」



 エレノアは速度を落とさず、すれ違い様に兵の喉元目掛けて剣を振り、血飛沫を浴びるいとまもなく進んだ。


 やがて見えてきたのは、他の簡素なテントとは違う、堅牢な造りの建物。如何にもといった威圧感を放っている。



(ここね……!)



 エレノアが扉を踏み破って突入すると、同時に後ろから冷たい風が吹き抜けた。


 そこにいたのは、槍を構えた大柄な男。その脇には雷を纏う猛獣——雷虎ティグルスが二頭、血走った金の眼を光らせている。

 稲妻のごとき紋様が毛皮に走り、パチパチと雷鳴の放電する音が空気を震わせた。



「なるほど……侵入者はお前か。一人で来るとは見くびられたものだな」



 作戦書で見た人相と一致している。この槍の男が指揮官で間違いない。


 男は余裕を滲ませた笑みを浮かべながらも、瞳には鋭利な敵意を宿らせている。背筋が粟立つ殺気を感じた。それでもエレノアは、一歩も引かずに剣を構える。



「まとめて相手してやる!」



 相手の先手を許さずエレノアが踏み込み、剣を下から上へ振り抜く。しかし、男の槍の柄によってあっさりと受け止められる。


 刹那、左右から雷虎ティグルスが吠えながら飛びかかって来た。

 エレノアは後ろへ飛び退き距離を取る。


 同時に『女神ルクスよ、我に汝の加護を──』と短く詠唱し、剛速球の炎の弾丸を飛ばす魔術で反撃を試みた。



「器用な真似をする……!」



 男が放たれた魔術の合間を縫って、突き進む。リーチを活かした一突きが、エレノアを襲った。

 すんでのところで剣を突き出し防御するが、重い衝撃に肘が痺れた。



(相当な腕前ね……!)



 追撃とばかりに逆手で槍の柄を振り下ろされる。エレノアはかわして懐に入り込む。



(──このまま、決める!)



 けれど、息を合わせるかのように雷虎ティグルスから放たれた猛り狂う電撃を避けるため、大きく後退せざるを得なかった。


 銀白の火花が舞い散り、耳をつんざく音が頭蓋を震わせる中、エレノアは小さく舌打ちする。



雷虎ティグルスが二頭もいるのは厄介。そちらを潰すのが先か)



 そう結論付け、剣を構えて転進しようとした瞬間。



「エレノアさん、危ない!」



 ブロンテの怒号が背後から響いた。


 直後、炎熱が身を焦がし、筋肉が痺れる感覚に襲われ、エレノアは息を詰まらせる。



(なに、が──)



 視界の端に、焦燥の表情を浮かべたブロンテが、駆け込んでくる姿が映った。


 肌の焼けるニオイが鼻をつき、ひりつく痛みが全身を駆け巡ってゆく。

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