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第21話 再会

疫病発生から2年が経ち、世界中へと変化がもたらされた。

人々の生活様式、働き方、価値観。あらゆるものが、以前とは違う形へと変化を遂げた。

感染状況も落ち着きを見せ始め入国制限も緩和。条件付きで帰国できるようになった。


それは海外で働く人々にとって、長かったトンネルの出口に見えた一筋の光だった。世界は少しずつ前に進み始めていた。


連日、ニュースで報道されていたため、入国制限は誰もが知るニュースとなった。

早苗は、鈴木からの連絡を密かに待っていた。

『報告で鈴木が帰ってくるかもしれない…。帰国の連絡があるかもしれない。』

可能性は低いと思ったが、それでも早苗は僅かな希望を信じていたかった。


着信通知が来るたびにもしかしたら…と期待をして開封ボタンを押すが、企業アカウントからのメッセージばかりでその度に少しだけ切ない気分になっていた。


制限がもっと早く緩和されていれば…あの時、すぐではなくとも目途だけでも経っていたら…先が見えないことは想像以上に人を不安にさせることを身をもって経験した。

暗い夜道を照らす物を何も持たない状態でひたすら歩いているような気分だった。



一方の鈴木も、迷っていた。ようやく日本に行くことが出来る。そう分かった時に真っ先に浮かんだのは早苗の事だった。

しかし、いつまでも早苗を待たせることに罪悪感を感じ自分から別れを告げた。

早苗を想ってのことだったが、『別れたくない、待つ』と言ってくれた早苗の言葉を遮り、お礼を告げて一方的に電話を切ってしまった。


その後も連絡をしてくれたが、返さなかった。ひどいことをしたと思う。

だからこそどんな顔をして会えばいいのか分からなかった。早苗の幸せを願って別れたのにこちらから連絡するのはおかしいだろう…。

本当は会いたいという気持ちの狭間で、鈴木の心は揺れていた。



そんなある日、早苗は、仕事中に上司の予定表に鈴木の名前を発見した。

『海外事業部との会議』という記載があり日付と時間と場所が詳細に記されていた。

早苗の心臓が、ドキドキと高鳴った。鈴木が帰ってくる。間違いない。

早苗は、その場所と時間を手帳にそっとメモした。


メモを取る手が震えている…。会えるかもしれないと思うと緊張でうまくペンが進まない。



会議当日。早苗は、会議が終わる時間を見計らって会議室へと向かった。

目の前にいたら、他の者に不思議がられると思い、女子トイレの手洗い場で待機した。



待っている間も緊張と期待で、胸がいっぱいだった。鈴木に会えるかもしれない…。

どんな顔をして何を話せばいいか予定を見た日から考えたがまとまらなかった。



しかし、会いたいという気持ちの方が勝り今こうして会議の終わりを待っている。


ガチャ…ガチャガチャ…



ドアノブを握り扉を開ける音がする

しばらくするとザワザワと微かに誰かが喋っている声も聞こえてきた



『会議が終わったのだろう…。』


周囲の声が一旦消えるのを確認した後、早苗はゆっくりとトイレから出て会議室へ向かう。

誰かに見られないか、そして鈴木と久しぶりに会う緊張で、忍者が歩くようにおそるおそる歩を進める



鈴木は、会議の席では皆が出た後に会議資料にもう一度目を通し空調やプロジェクターの電気を消し、忘れ物の確認をしてから出ることを知っていた。



『きっと今日もまだ会議室にいる。』


会議室の扉は空いてる…会議は終わったようだ。

早苗の会社では、急な打合せ時に使える場所が目視でも分かるための合図として、利用後は、扉を開けておくことが慣習となっていた。緊張の面持ちで扉の前に近づくと、人影を見つける。しかし足元だけでそれが誰か分からない。


『誰かいる…』


そろり、そろりと静かに近寄る。心臓は高鳴り、鼓動はどんどん早くなっている。

胸に手を当てながら意を決し、扉の前に立つ。



長身で熱い胸板。日に焼けた小麦色の肌。すっと通った鼻筋。

そこには2年半ぶりに見る、鈴木の姿があった。



「鈴木…」早苗は、やっとの思いで鈴木の名前を呼んだ。

鈴木は、早苗の声に気づき振り返った。早苗の姿を見た瞬間、鈴木の目が見開かれた。

信じられない、という表情で早苗を見つめている。

「楠木…」鈴木は、かすれた声で、早苗の名前を呼んだ。



久々に顔を合わせた二人は時間が止まったかのように見つめあって固まっていた。懐かしさと緊張が入り混じった空気が流れた。


『この後、どんな言葉を交わそうか…。』

『この後、どんな言葉を交わそうか…。』

早苗と鈴木は心の中で同じことを考えていた。


逢いたいという一心で、会議室へ向かった早苗。

そして、もしかしたら帰国を知り、会いに来てくれるかもと密かに期待をしていた鈴木。

二人は、また前のように同じ時間を過ごせるのか、はたまた以前とは違うものになっているのだろうか。

早苗と鈴木の物語は、再びゆっくりと動き出そうとしていた。




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