「帰って…きていたんだね」
早苗は、別れているのだから連絡がなくても仕方がないと言い聞かせていたが、それでもやはり寂しかった。もう自分は鈴木の特別な存在ではなくなっているのだと思い辛かった。
「あ、あぁ…3日前に来たところ。移動時間が長かったのと久々の日本だから上が気を遣って出社は今日にしてくれたんだ。」
「今日はもう終わり?…いつまでいるの?」
「うん、もう上がっていいって。金曜日の午前の便で戻るから実質いるのはあと2日かな」
「そっか…。すぐ帰っちゃうんだね」
「あ、うん。まあ…」
待ち焦がれていた鈴木との再会なのに、言葉がうまく出なかった。
会話も前のように弾まない。これが離れていた2年半という歳月の長さを物語っているのか…
一方の鈴木も、もしかしたら来てくれるのではないかと期待をしてはいたが、実際に目の前にあらわれるとどう反応していいか分からなかった。
早苗に酷いことをしたと思うあまり、自分から積極的になれずにいた。
『帰国を知り、顔を合わせにきただけかもしれない…。』
出来るだけ自分に都合のいい想像はしないように平常心を保たせようと鈴木は心の中で言い聞かせていた。
「あ、あのさ…私、もうすぐ終わるんだけれどこの後、ご飯行かない?」
「あ、ああ…。分かった。じゃ、俺店探しておくから決まったら連絡するよ。……俺からの連絡届くようになってる?変わってない?」
「…大丈夫。変わってない。お店頼むね。」
鈴木は、最後に少しだけ早苗の笑った顔を見れたことが嬉しかった。
学生時代は、彼女や友人ともメールアドレスでやり取りをしてた。
中には、お互いの名前を入れている「tomoki_yuka.love2@…」など周りからも分かるように付き合っていますアピールをするやつもいた。
しかし、しばらくするとメールアドレス変更の連絡が来て「tomoki_hitorideikiru@」など聞いてもいないのに破局が分かるケースもある。
また、そうしてアドレスが変わっていくうちに連絡が取れなくなる同級生も何人かいた。
そのため連絡先が変わっていないことに、一瞬の光が見えた…ような気がしたが、今の時代メールアドレスでやり取りはしないし、番号登録だから、よっぽどのことがない限り変更されることがない。
『あー何、俺は勘違いしているんだ』
鈴木は、今一度、自分に都合のいい想像はしないと言い聞かせた。
早苗は急いで自席に戻り仕事を片付けた。幸い今は月間でも余裕のある時期で期限を気にしなくてはいけない業務はない。そして、万が一に備え数日前から調整して早めに処理していた。
「連絡先変わっていない?」と恐る恐る聞かれた時は驚いた。
『私は鈴木からの連絡を期待して待っていたのに、届かないかもしれないと思っているなんて…。別れを告げ、私がフラれた形になったので恨んでいるとでも思ったのだろうか?
言葉にしなくても相手の事は分かる、信頼関係や長年付き添った仲だと思っていたが、まだまだ知らないことや行き違いも多いのだな…。』
そんなことを考えながら、早苗は再び仕事に集中した。
「店、決まった。当日だからなかなか取れなくて…先に入っているからここでよろしく。」
20分後、鈴木から連絡がきた。場所はあの合鍵を受け取った居酒屋だった。
確かにこの辺りは、こじんまりした個人店が多く居酒屋が少ない。
個室の居酒屋となると平日でもなかなか取れない。当日だから空いていないというのも嘘ではないだろうが、この店か…。
早苗は鍵を受け取り、鈴木と付き合うことになったあの日のことを思い出した。
鈴木からのメールに最初は、何事かと思った。
『合鍵ってそんな簡単に渡さないだろう…。それとも男女の感覚の違いなのか。なにか魂胆でもあるのか?』疑心暗鬼になりながら向かった。
そして、今日も…。
内容は違うが早苗は疑心暗鬼になりながら、鈴木の待つ居酒屋へ向かう。
この後、どんな展開になるのか。どんな話をするのか…緊張して鼓動が早くなる。
しかし、1年前の鈴木の部屋の退去前とは違う。
早苗は、微かな希望を胸に、そしてもう後悔はしたくないからできる限りのことをすると心に決めていた。
「終わったから今から向かいます」とメールを送る
そして力強く一歩を踏み出して、鈴木の待つ思い出の居酒屋へ向かうため会社を後にした。