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第2話「国仕えの辛み」

 はっきりと国の力が入っているとわかってしまえば一つ一つの決定から見えるものはある。


「前任のラナ・マシュー先生は今回のパティア森に関する調査、その参考人として王都にしばらく滞在することになりました。代わりに本日より代理で当面の間皆さんの担任を務めることになりました、ティアナ・アルベストと申します。今期からの補助教員として在職しておりますので面識無い方が多いと存じますが、よろしくお願いしますね」


 その中でもエンリが俺がいるクラスの担任を受け持つのはわかりやすい一手だろう。

 ティアナ・アルベストという名前は偽名だし、三角眼鏡にお団子頭のいわゆるインテリ系教師って姿から獄炎団長という立場はまるきり結びつかない。


「私は今回極水様が設立決定されましたフォルトゥリアの顧問としても着任します。と言いますか元よりこちらがメインとして考えられてはいたのですが……ともあれ何か相談があれば受け付けますので、そちらも併せてお気軽にどうぞ」


 さりげない俺への目配せに小さく頷いておく。

 顧問とは言っても実際には風評などを含めた生徒たちからの情報を横流しにする位置に努めるってところだろう。


 立場としては新人教師のエンリだ。

 自分で言ったこともありそのことが生徒たちにも通じているからか、やや同情的な視線が向けられている。

 体のいい厄介の押し付け先として使われたなって印象で、都合自体は良い。


「では次に、急な話ではありますがこのクラスに転入する生徒を紹介いたしますね」


 うん?

 何それ聞いてないし予想外なんだけど?


「し、しつれいします、ですっ!」


「なっ!?」


「じゅ、獣人っ!?」


「落ち着いてください。大丈夫です。どうぞ、入ってきてくださいユニア・マシュー」


 一時騒然とするクラスだが、まぁ。


 あー……そういう。

 どうにもお国様はとことん俺を使う方向で考えているらしい。

 どうせ使うならそこら辺も事前に連絡してくれていいと思うんだけど、どうだろう。


「マシューの名でお察しかもしれませんが、彼女は前担任、ラナ・マシューの娘です」


「娘っ!?」


「正確には身元保証人がラナ先生にあると言った扱いではあります。見ての通り害意はありませんし、我々人間の言葉も理解できています。さ、ユニアさん。自己紹介を」


「は、はいですっ! ゆ、ユニア・マシューと、いいますです! きょ、きょうから! 皆さんと一緒に、お勉強することになりましたですので、よ、よろしくおねがいしますです!」


 がばちょと大きくお腹を見せようとしたけどエンリが止めて、慌ててユニアは頭を大きく下げた。


「ね、ねぇルージュ君」


「あぁ、あの森で保護した獣人だな。こういうことになるとは思わなかった」


 隣の席にいるルルの耳打ちに答えつつ、口元がひきつっていることを自覚した。

 確かに王国で管理している保護施設に預けるのは難しいと考えてはいたが、まさかここで管理するなんてことになるとはね。

 言うまでもなく極炎がいるからって話だろう、ラナとの取引もあるし文句は言えないが、俺をどんだけ便利屋扱いするんだと物申したいところ。


「あ……ごしゅ――ルージュ、さんっ! よろしくおねがいしますです!」


 だったんだけども。


「あー……うん、どうも、よろしく」


 頭をあげて視線がぶつかった時の、ものすごく安心したかのような表情を見ると、言えなくなってしまうよね。

 思わず机に頭ゴンした俺をどうか誰も責めないで欲しい。


「ごしゅ?」


「獣人だし言い間違いそうになったんだろ」


 ルルさん含めたクラスメイトの視線はとりあえず気づかないふりすることにしよう、そうしよう。




 王国初の試み、あるいは実験と言うべきか。

 獣人を魔法学院へと入学させるというのは前例すらないことだ。


「やーん! かわいいぃいいっ!」


「わ、わふっ、く、くすぐったいのですぅ」


 だからこそいざこうなった時、周囲の人間がどういう反応や理解を示すのかと心配はしたが。


「へぇ、別に肉球があったりはしないんだな? ほんと犬耳と尻尾が生えてるだけなんだ」


「あ、つめはちょっとあぶないのです。さわらないほうがいいのですよ。あっ! しししし、しっぽはぜったい、ぜったいだめなのですぅ!!」


 狼種の獣人ではあるが、猫可愛がりされているユニアを見れば昏い心配は杞憂だったと胸をなでおろせた。


 物珍しさは確かにあるのだろう。

 基本的に想像の中に存在する獣人とは憐れむべき対象だ。

 だっていうのにユニアには悲壮感もなければ信じがたいことに言語の理解もある。

 加えて言うのならラナという大人が身元を保証しているのだ、無意識にあったかもしれない触れ合ってみたいという気持ちが表に現れるのも理解できる。


「ルージュ」


「わかってるよクルス。ちょっと、まずいな」


 しっぽはダメといったユニアを無視して尻尾に触ろうとしているヤツもいる。

 確かに獣人は獣でもなければ人でもない存在だが、ペットでもないのだ。


「……フレイム・ウィップ」


「あづっ!?」


 尻尾に伸ばされ手をこっそり払いのけておいた。

 唐突な熱さに驚いたのか慌ててひっこめてくれたが、似たようなことを考えるヤツは出てくるだろう。


「今のは一体どうやって――いや、今は良いか。困ったものだね。どうであれ、彼女は生徒として来たのだろうに」


 その辺りをクルス王子はしっかり弁えているらしい。

 帝国では実験動物的な扱いをしていると聞いていたけど、この感じなら想像と違った扱いなのかもしれないな。


「好意的に捉えている証拠ではある。恐る恐るとか、憐憫の視線を向けて同情的に接さられるよりはマシなんだろうけどな」


「難しいものだね、尊重するというのは――っと、我らがリーダーもふらふら近寄って行ってるし、止めてくるよ」


「頼んだ」


 出しゃばって正義感のようなものを振りかざすのは悪手だろう。

 あるいは、悪役を買って出るチャンスと言えるのかもしれないが。


「順当に考えて、ユニアを使えって意味なんだろうけど。どうしたもんかね」


 ゆっくり考えさせてくれないよね。

 王国勤めは辛いよ、ほんとに。

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