「調査の程は?」
「はっ。カリキュラムに変更が加えられ始めたのは6年前からです。効果が現れ始めたのはおよそ3年前といったところでしょうか。卒業時の魔法使いレベル認定がガクリと落ちています」
3年前、か。
一番戦争が苛烈になっていた時期だし、不信に思ったとしても調査に乗り出すのは……困難どころか不可能と言っていいな。
タイミングを伺うのがお上手すぎるぞまったく。
「6年前ねぇ。時期だけ考えれば帝国との戦争がきっかけってわけじゃなさそうか」
「はい、元々忍ばせていた動きが加速された要因にはなり得るかとは思いますが。動き始めたのはかなり前からでしょう」
カリキュラムに変更が加えられ始める。
レベルを落としたいと考えている人間が、カリキュラムに対して口を出せるようになる立場に着くまでに必要な時間だってあるだろう。
6年前から表面に出始めたってだけで、順当に考えるのなら10年前くらいが妥当なタイミングだろうか。
「10年前っていうと……俺が極魔に入隊した時期だけど」
「懐かしゅう御座いますね。当時からルージュ様は異彩を放っておられましたし、よく覚えております」
10歳の子供が極魔入りしたんだ、そりゃ異彩も放つってもんだが……極水は6歳での入隊だったからなぁ。
よく認められたもんだよ、冷静に考えりゃ狂ってるって話かもしれない。
「そりゃいきなり喧嘩吹っ掛けられたんだ。俺だって忘れたくても忘れられないよ」
「二人だけの思い出、ですね」
なにやら頬を染めてるエンリだけど、そんな甘酸っぱさは欠片もなかったよね。
エンリと俺は極魔入隊の同期だったりする。
俺が10歳、エンリは12歳とお互いまだ子供と呼ばれていておかしくなかったけれど、子供よりも魔の麒麟児やら天才なんてばかり呼ばれていて。
今からでは想像もできないが、入隊からずっとお互いを高めあい極炎の座を競ってきたライバルだった。
「ルージュ様?」
「……いや、訂正。今もなお、だな」
「はい?」
未だにエンリは俺のことを極炎様と呼ばない。
周りの目ってやつがある時は流石に極炎と口にはするが、その時は大体能面のような顔しながら言っている。
それは今も極炎という座から俺を引きずり落そうという意思に陰りがない証左だ。
あるいは、俺に媚びへつらうかのような態度、姿勢にしてもハニートラップの一環で、これで油断でもしてくれたら儲けものなんて思っているのかも?
「なんて、な。なんでもないよ」
俺への忠誠心を疑うつもりは欠片もない、国を愛しているってことも。
永遠のライバルで居たいと思っているのは今も尚、お互い様ってことなんだろう。
「左様ですか。ともあれ、具体的なカリキュラム変更内容などについてはわかりやすくまとめたものをご用意しますのでしばしお待ちを。加えて、フォルトゥリアが生む競争に関してですが」
「ああ。教師たちの反応はどうだ?」
「一先ず協力は得られるでしょうが、消極的なものになりそうです」
「消極的? いやまぁ、表立って反対されないのならどういう形であれ構わないんだけど」
そりゃあ全面的に賛成されてなんでも御心のままになんて言ってもらおうなんて思ってもみなかったけども。
生徒にとって魔法使いの成功を収めるための入り口がエスペラート魔法学院なら、教師たちにとってはここで優秀な生徒を育てるという実績を挙げることは、国の魔法機関へ名前を売ることだ。
そう言った道に乗りたいと願う人間はまだまだ多いと思っていたんだが。
「功名心、あるいは出世欲とでも申しますか。教員たちに無いというわけではありませんが、指導管理部のメジール・パラトリスという男が国のことは国にと主張しておりまして」
「メジール・パラトリス……聞かない家名だな。国のことは国に? 自分だって国の一員かつ教員のくせになんとも無責任というか、放任的なことを言う」
「要約すれば、極水様がお認めになられたことに我々が余計な横やりを入れるわけにはいかないと言った旨の意見が出まして。多くの教員たちの怯え腰を招いています」
「……物は言いようではあるけど。逆手に取られた形だなぁ」
確かに見方によれば国の決定に一枚噛むのは勇気のいることかもしれないが、極水を甘く見られているみたいで少し腹が立つ。
現場で起こったいかなることにも責任を持つ女だぞ、あいつは。
「間違いなく学院のレベル低下に一枚噛んでいると思われます。ですが」
「処理したとしてもトカゲの尻尾切りになるか。こりゃバックは相当大きいな」
「深い部分に食い込んでいるとも言えましょう。力及ばず申し訳ありません」
「大丈夫だ。さっきも言ったけど最低限反対されないってので十分だ」
謝るエンリに気にするなと言いつつ、だが。
エンリのポジションで大胆な動きっていうのは難しいだろう。
結局、俺というかフォルトゥリアを上手く活かして学院全体へと影響を及ぼしていかなければならないってのは確定だ。
「しかし、改めて競争、ですか」
「当たり前だけど極魔基準の競争をするわけじゃないからな?」
「それはもちろん。と言いますより、アレは極魔内でしか実現できません。むしろ他に出来る組織や場所があるのなら教えて頂きたいほどです」
「まぁ、なぁ……」
俺とエンリがしていた極炎の座の奪い合い。
イスに座ったのは俺だったけど、そこから先はサイキョウの奪い合いだった。
「今でも鮮明に思い出せますし、何なら獄炎隊だけならず極魔の語り草になっておりますよ? 極風様とルージュ様の最強競争は」
「刺激になっているのなら何よりだけど、思い出すと身体の至る所が痛くなってくるから勘弁してくれ」
前最強は現最恐。
年齢的なものだったり、極土との結婚だったり色んな要素があって俺が最強と呼ばれることにはなったが、未だにちゃんと最強を奪えたって実感はない。
「くすくす。はい、かしこまりました……しかし」
「本当にアレをやるのかって?」
未だに信じられないのか、どことなく正気を疑われているかのような確認を入れられた。
エンリにしては珍しくも良いところだよな、俺がするって言ったことを再三確認してくるのは。
「嫌でも向き合わなくちゃならないからな」
「それは……いえ、もちろん私とて経験どころか日常の中にあったもの。効果のほどは十分すぎる程に理解しているのですが」
あぁ、珍しいのは誰かを気遣うことが、かな。
「心配しなくていい」
「ですが」
「こういっちゃなんだが、エンリも大概常識が極魔基準になりすぎなんだ。想像しているよりも遥かに……それこそ、俺たちからすればおままごとレベルにしかならないよ」
確かに苛烈だし、地獄を見るなんて言葉すら優しいものだけれども。
争いや競争とは同じレベルや土俵に立つ者にしか生まれない。
そう言った意味から考えれば確かに学院生たちに争いは発生するのだろうが、そもそも土俵自体のレベルが違うんだ。
少なくとも、極魔クラスの魔法使いから見れば……お遊戯会も良いところ。
「承知いたしました。こういった形でルージュ様を信用するというのは、初めてですね」
「承知しても納得できないってか。いいさ、じゃあ俺を見なおす機会にしてくれ」
ようやく苦笑い混じりではあるけれど頷いてくれたエンリに同じような顔を返しておいた。
「では、バトルロワイアル調練の企画を進めます」
「頼んだ」