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第13話「平和になっても失われなかったモノ」

「アイネ」

「……驚いた。キミが、アイネに会いに来た、なんて」


 そうかな? そうかも。

 でもこうしてアイネのお気に入り釣りスポットを知ってる位には知り合いやってるつもりだけど。


「ついに、アイネに身体、くれる?」

「血を通り越して身体と来たか」

「ちがうの?」

「違います」


 釣竿を握ったまま振り向いて来たアイネの顔はいつも通り眠たげで。

 声をかけるまではなぁ、湖畔の風に長い茶髪を揺らす美女って言って良いのになぁ……はぁ。


「じゃ、なに?」

「エスペラート魔法学院でバトロワしたいからレジスト張ってくれ」

「や」

「ですよねー」


 ぷいっと湖に浮かぶ浮きに視線を戻された。

 ここまでは想定通り。


「献血するぞ」

「む……」


 興味は引けたけど食いつきはしないってか。

 俺が釣りしている気分だよ、そういややったことないけどさ。


「頼むよ。レジストマスター」

「……やっぱ、ヤ」


 おっと、この呼ばれ方はお嫌いでしたね、そうでしたね。


 アイネ・クラムリーという女は魔法抵抗レジストに関する天才だ。

 彼女の展開する魔力で作った魔法障壁を突破できるのは真実俺を含めた極水、極風、極土しかいないほど。


「悪い。けど、必要なんだ。助けて欲しい」


 メジールの懸念を別の角度から解消する。

 教師を邪魔者とは思いたくないが、今のところ信用できる存在ではないんだ。


 実力的な意味でも、思想的な意味でもそうだ。

 全員がそうだとは思いたくないけれど、ここまで学院のレベルが落ちた原因は策略のせいだけではないだろう。


「はぁ」

「ん?」

「深刻そう、だね。どしたん? 話聞こっか」

「……なんだかいかがわしく聞こえるけど、ありがとう」


 ようやくと言うべきか、珍しくと言うべきか。

 釣竿を手放して、俺の方へと相変わらず眠たげな眼を向けてくれた。




「ふぅん」


 この釣りポイントをアイネが気に入っている理由は、少ししたところにある喫茶店のケーキが美味しいから。

 ひとまず血液だのなんだのを要求されることなく、話を聞いて貰えることになったのは嬉しいが。


「興味なさそうだな」

「興味、ない、から」


 信じられるか? 魔法ギルドのマスターなんだぜ? こいつ。


「ギルマスらしくない、のは、ずっと前からしってる」

「なんなら全力でお断りしてたって?」

「ん」


 卓越……いや、超越したレジスト技術はアイネにしてみればただの研究副産物でしかない。

 その証拠と言うには憚れるが、彼女の肉体は戦う者として見れば貧弱も過ぎるし、魔力の量も多くない。


「けど、魔法使いのレベルが上がる……いや、元通りになればアイネの仕事はもっと楽になるだろう?」

「喜ばしい」

「だったら」

「でも。元から仕事、してる気、ない」


 それでも彼女が極魔番外次席なんて言われているのは、超越したレジスト技術だけではなく、優れた研究者であり魔法装備製作者だからだ。


「金は?」

「いらない。決戦の時、頑張ったから」


 戦争終結の決定打になったのは俺たち極魔の活躍だけではない。

 アイネが研究し形になった魔法装備が軍に行きわたったからだ。本人は、面倒になりそうだからと名前を可能な限り出さないことを協力条件の一つとしていたが。


 行きわたるまでを踏ん張ったのが極魔であり兵士たちであるのはもちろんだ。

 それでも彼女の作った装備は決着のきっかけをつかむ要因となったのは間違いない。


「一つ、言う」

「あぁ」

「アイネは、こんな技術無い方が良いと、思ってる。平和の、証拠。だからむしろ、学院のレベルが落ちるのは、良い事」

「……わかるよ」


 必要が無くなったものは静かに無くなっていくべきだ。


 それは俺自身、いや極魔なんて存在すらも同じく。無くても平和が維持されることこそが、真に平和と呼ぶべきものだから。


 老兵は黙して語らず、ただ去るのみ。この言葉はそういう意味だってある。


「キミも、回復魔法、覚えるんじゃ、なかった? あれは、嘘?」

「嘘なんかじゃない。俺は今でも……忘れられないよ、託して、託されては死んでいったみんなの顔が」

「ん……よかった。幻滅、しないですんだ」


 アイネを戦争に巻き込んだのは俺だ。

 お互いが突発性異常者であるなんて共通点はあったけど、立ち去ろうとしたアイネの腕をつかんだのは、俺。


「でも、今じゃない。今じゃないんだよ、アイネ」

「……」

「俺は回復魔法を学ぶために学院へ入学した。入学して知ったんだ、俺たちが守ろうとしていたものが、崩れてしまいそうになっていることを。まだ戦いは続いていたことを、知ったんだよ、アイネ」


 アイネが言う無い方が良いっていうのは同感だ、全力で頷きたいことだ。


 けど、そうして見ないフリをしてしまえば。

 緩やかに堕落した王国は、帝国どころか遠くない未来で訪れるだろうモンスター災害すら乗り越えられない。


「ん、よかった」

「何が?」

「まだ、ちゃんと熱かった。さすが、ごくえんさま」

「うぐ……」


 もしかして、担がれた?

 や、やるじゃねぇか、アイネってばさ。


「かしこい言葉、なんていらない。アイネ、ごくえんさまなら、大好きだから」

「へーへー……研究対象、ちゃんと努めますのでそれで納得してもらえませんかね?」

「じゃ、まずは血からイっとく?」

「お仕事が先。その後はご随意に」


 はぁ……結局こうなるんだよな。

 メシ、これからしばらくはしっかり食っておこう。


 なんて遠い目をしていれば。


「でもね」

「うん?」


 アイネがすっと近づいてきて。


「今のキミも、ちょっと好きだよ」

「……これ以上俺を困らせないでくれっての」

「えへへ」


 やっぱり眠そうな目をしたまま、笑ってくれた。


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