「お待ちしておりましたわ、極炎。どうか楽になさってください」
「楽になれと言って座らせた相手の膝上に座るのはどうかと思うんだけど」
「あら? ここはわたくしの特等席であり指定席でしてよ?」
「さいですか」
問答無用で部屋に入るなり膝上に座って来たこの変態幼女をどうするべきか、それが問題だ。
あぁこら胸元に鼻を突っ込んでくるなこのやろう。
「あん。いけずですわ」
「仕事の話をしに来た相手だぞ」
「仕事。なるほど、これは失礼致しました。しかしながらコレもわたくしのライフ、ワーク、ですので」
「お前は一体何の仕事をしているんだよと」
どうやら今日は何をいっても無駄らしい、たまにある。
あーもう、この特別顧問室とやらの警備体制は大丈夫なのか? 大丈夫だよな?
「ほら、ミューズ」
「あ……」
「いい子、いい子だ。いつも頑張ってくれてるのは知ってるし、今もそう。だからもうちょっとだけ頑張ってお仕事しよう、な?」
「はうぅ……る、るーじゅぅ……」
誰も来ませんようにと心で叫びながら、極水もといミューズの頭を撫でる。
「も、もっとぉ」
「もちろん。可愛い婚約者のおねだりなら、喜んで」
「はきゅん」
好きでやってるわけじゃないぞ、断じて。
こうしなきゃお仕事にならんのです、ちなみにこうしてみたらいいんじゃないと提案してきたのは過去の極土です。
元に戻るようになったのは良いけれど、以来極水がイライラしてるときは俺がこうして生贄になって来たんです、押して測るべし、測れ。
「それで? 何か大変なことでもあったのか?」
「が、がくいんがぁ、思っていた以上にぃ、だめだめ、でしてぇ」
「そかそか。それを何とかしようとしてくれてたんだな? ありがとうな」
「ふにゅぅ」
胸元でとろとろになってるミューズだが、毎度こんな状態になるわけでもない。
それこそよっぽど国の危機がどうのってレベルの問題が発生した時くらいしか。
つまるところ、極水の言葉を真に受けて考えるのなら、今改めて極水はこの学院の問題が国に響くと実感している所、ってことになる。
「大丈夫だ。今色々動いてる、ちゃんと大丈夫になるから安心してお仕事に集中しよう、な?」
「はい、はいぃ……」
あ、涎が染みてきた、勘弁してくれ。
でもまぁ、そろそろ。
「――失礼致しました、極炎。お話と、参りましょうか」
「あぁ。よろしく頼む」
しっかり切り替えは出来る子ですよ、うん。
「メジール・パラトリスのことに関してはわたくしのほうでも調査を進めておりました」
「そうか。どうだった?」
「彼は極めて善なる者です。やはり、背景に利用されていると思う方が自然とわたくしは思っています」
「……なるほどね」
極水が善なるものと言った以上、それは間違いない。
ちゃんと国のため、国に生きる民のために繋がっていると断じた時にしか使わない言葉だ。
「だが、極水。メジールは魔法ギルドからの出向だ。背景と言うのならギルドを疑わなくちゃならなくなるぞ?」
「わかっておりますわ。現時点でメスを入れるべく、水神衆を動かしました」
「……マジ?」
「あら? このテのことでわたくしが冗談を言うとでも?」
水神衆、別名執行部隊。
極水直下の部隊で、主に犯罪者などを罰するために存在する秘密警察的な部隊だ。
水神衆を動かすって言うくらいなら。
「ギルドは黒、なのか?」
「……いえ、はっきり言ってなんとも言えません。ですが、暴風族は今手が離せませんし、致し方なくという面が強いです」
「なら、少しは安心したけど」
「ええ、完全に白と言い切るために動かしているわけですから。いくつかの怪しい点は掴んでおります」
いくつかの怪しい点、か。
魔法ギルドが出来ることはそう多くない、国に何らかを及ぼせる権力を持っていない。
だが、魔法使いの情報が集まる場所というもの自体に何らかの価値があると思われているのならこの上ない恰好の組織だ。
「メジールのことを鑑みるに、結果的に国の弱体化を招いていると言った扱われ方をされていると考えるのが自然でしょうが」
「だよ、な。意図的にって話ならこんな温い動き方はしないもんな。ってことは情状酌量の余地ありか?」
「極水、あるいは水神衆としては不本意ながら、ではありますが」
悪即滅が信条の水神衆としては逆に動きづらい、か。
獄炎隊は武力介入、暴風族は隠密、極土直下の地生群は再生再建と色がある。
戦後ってタイミングがやっぱり厳しいな、暴風族の需要が高すぎる。
平和万歳ではあるけど、いやな時期だよまったく。
「ともあれ、裏の動きに関してはお任せください極炎。極魔でのバトルロワイアル調練を持ち込むとは意外でしたが、派手に動いて下さればこちらとしても呼応しやすい」
「ああ。どうしても派手にはなるだろうし、頼むよ」
ひとまず裏に関しての調査は任せられると安心できた。
後は俺たちフォルトゥリアがどれだけ頑張れるかって話ではあるが。
「……不本意ではありますが」
「うん?」
「アイネへと正式に協力を依頼しました。学院の物的被害と、人的被害に関しても気にしないで結構ですわ」
「めちゃくちゃ嫌そうに言うね」
これまた珍しく今にも舌打ちが飛び出てきそうな表情をなされる。
なーんでどいつもこいつもアイネのことが嫌いかね。
「極炎の初恋を奪った女……正直、やってられませんわ」
「は? 初恋?」
「? わたくし、何かおかしい事を言いましたか?」
「いやえ? 誰の初恋を、誰が奪ったって?」
小首を傾げるミューズは年相応に可愛いけれど、そうじゃなくて。
「あなたの初恋を」
「俺の初恋を」
「あの泥棒猫ことアイネが」
「アイネが奪った?」
……はい?
「そうなの?」
「何故わたくしに聞くのですか? そういうプレイでしたらもう少し加減をお願いするとともに相手を選んでくださいまし。わたくし、寝取りガチアンチですわよ」
……そうだったのか。
俺は、アイネのことが好きだったのか。
「……まじかー」
「??」
ちょっと未だに信じられないけれど、うん。
「じゃあちょっとマジックアイテムに関しての相談してくるわ」
「……もう一度甘やかしてくださったのなら、認めましょう」