「とりあえず玄関の呼び鈴押す。それで出なかったら共用廊下から非常脱出口開けてそこからベランダに入って窓から中の様子確認。サイアク窓やぶって救出で」
「わかりました!」
二人でそれぞれLEDライト片手に軽く打ち合わせる。LEDライトは小さいが柄が頑丈でいざとなれば警棒の代わりになるのだ。そして防弾チョッキではないが二人の下着は防刃機能のあるものを着ている。警察制式のものではない私物だが、官給品だけに命を預けるほど二人はお人好しではない。
石田が促し、佐々木が少し躊躇ったあとに呼び鈴のボタンを押す。
「鷺沢さん?」
するとなんと中から物音がした。緊張が二人に走る。
そして、さらになんと鍵を開ける音のあと、ドアが少しずつ開いていく。
「鷺沢さん?!」
その奥の暗がりに、無精ヒゲにやつれた表情の鷺沢の顔が白くぼうっと浮かんだ。
「鷺沢さん!」
鷺沢はさらに俯いて言った。
「なんだ、自分でドア開けられるじゃないか、って救急隊に昔言われたことがあって」
「何言ってるんですか」
佐々木があきれるが、鷺沢は顔をそらして呟いた。
「……なんでこうして毎回生きちゃうんだろう、俺」
*
「散らかっててすみません」
鷺沢の部屋に佐々木と石田は入った。雑然とした部屋の中に、鉄道模型と作りかけの模型ジオラマが並んでいる。壁には鉄道写真と何かの賞状が少し飾られている。ドラマに出てくる貧乏画家のアトリエのような雰囲気である。
「いえ、独身の男の家に余計な期待するほどモノ知らずじゃないですよ。お気遣いなく。それよりあなたが心配だ」
老齢の石田刑事は優しくそういう。
「心配……してくれるんですね」
「そりゃそうですよ。でなきゃ警官になんてなりません。当然です」
「ちょっと前に福祉の窓口で『今困ってないなら良いじゃないですか』って雑に扱われて」
「福祉、か……。私の立場で言うのはマズいんですが、福祉の連中、アレッてことありますからね」
石田はそう笑う。
「みんな自分と自分の子で手一杯なんでしょうね」
福祉関係の人間によくある話である。
「それを責めることは出来ない。みんなそうだし。だから私はどこにもいない方がいい」
「鷺沢さん?」
鷺沢は苦しそうになった。
「なにやっても役に立ってる感じがしない。私、50年間なにやってたんだ、って」
「あれ? 鷺沢さん49歳って」
「……この前誕生日でした」
「おめでとうございます」
石田はそういう。
「めでたいとはとても思えない」
鷺沢はそう吐きそうな声で言った。
「めでたいにきまってるじゃないですか」
石田は笑った。
「せっかく半世紀がんばってここまで来たんです。そのことで少しでも自分を労ってあげてもいいと思いますよ」
「仕事もなくなって、もう何もかも失うのに」
「なくなるんですか?」
「ええ。ウェブの更新の仕事ですが、生成AIに喰われるのは時間の問題です。それなのにPV稼げとかミスをするな、って言われるだけ。PV稼げるサイトに作ってないからやるとしたら炎上ネタやるしかない。ミスするなって言うなら多すぎる手作業を整理して、と思うけどその先には生成AIにやらせる方向しかない。もう、詰みました。それにすっかり疲れきってしまった」
「私なんかPCとか苦手なんで、鷺沢さん、そういうのちゃんとやってるなと思うんですけどね」
「高卒でまともな会社勤めしてこなかった時点で全て終わりなんです。自己責任だから仕方ない。高卒で大学受験失敗した時点でこうなる運命だった。それをただ先送りしてきただけ」
「商業で本を売ったこともあるじゃないですか」
佐々木が言う。
「それも続かなかった」
その時だった。
「鷺沢さん、生きてました?!」
割って入ってきたのはオンラインの四十八願の声だった。
「生きてるけど……」
「鷺沢さんにお願いがあるんです。仕事のことで。私だけではどうにもならなくて。相手は防衛省防衛監察本部なんですけど、私が直接話請けるのはちょっと無理っぽくて」
鷺沢は苦しそうに身体を動かして答えた。
「わかった。防衛庁時代からの知り合いがいるから、サポートするよ」
防衛省は平成19年(2007年)まで防衛庁と呼ばれていたのだ。
「ありがとうございます! お願いします!」
答えたあと、鷺沢は息を吐いた。
「ほら、必要とされてるじゃないですか」
佐々木が微笑んで言う。
「……だから、毎回、ギリギリで生き延びてしまう」
鷺沢はそう言った。
「それが『護られてる』ってことですよ。あなたの命はまだ必要とされてる」
ベテラン刑事らしく石田が頷いた。
「でも自衛隊の監察官室がなんの仕事だろう?」
佐々木が疑問に言うと、鷺沢が答えた。
「またこれも、もしかすると、佐々木さんたちの力も借りないといけない件かも知れません」