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第25話 証言者は自衛隊統合指揮システム?(3)

 鷺沢が四十八願と聞いた、防衛監察本部の監察官の話はこうだった。

 ちなみに防衛監察本部とは平成19年(2007年)、当時の防衛庁が防衛省に改組されたときに設立された防衛大臣直轄の自衛隊のコンプライアンスを担保する組織で、自衛隊の全組織への防衛監察を行う。法務省や公正取引委員会等からの人材もいて、防衛監察監以下総務課と統括監察官・陸海空監察官のそれぞれの下に監察班を配置している。

 自衛隊の職員の職務執行を調査検査し、問題があれば防衛大臣に報告し、その報告は防衛大臣を動かし各自衛隊組織への改善命令を出させる効力がある……というのが一般に知らされるパンフレット通りの説明だが、彼らの仕事はもちろんそれだけではない。


 最新鋭の地対空ミサイルの開発現場で自殺者が出た。

 しかしどうも死に方がおかしい。

 なんでもミサイルの発射試験の発射場、自衛隊ではそれを『射場』という。そこで試験のために発射されるミサイルの噴く炎を避けて試験を見るためのコンクリート製の防御壁と土塁があるのだが、彼は自らその土塁を越えて炎に飛び込んで焼死したのだ。

 こんなことは滅多にない。普通は土塁の影に待機して発射試験を行うのに、彼は同じく待機する何人もの制止を振り切ってミサイルの後ろに飛び込んでしまったという。そしてあまりのことに発射を中止するのも間に合わなかった。

 これだけで十分不可解だし、興味本位のメディアに知られたらトンデモナイ事になるのは必至だが、その上さらに不可解なのが、あとでその彼が担当したミサイルの制御プログラムのソースコードを調べたところ、そのコメントに彼の遺書らしき大量のテキストデータが記されていることが判明したのだ。

 開発現場の開発システムのログには彼以外の書き込みを示すものは何もない。あるのは『自衛隊統合情報基盤』と呼ばれる、これまでの訓練やスクランブル出動の記録を全て管理し保存しているデータベースの閲覧など、開発に必要そうなやりとりの記録で、相手はシステムそのものばかり。他にはそれを使っている人間とのやりとりはすでに判明しているメールやメッセンジャーのログと一致した不審性のないものだけ。

 つまり、彼は普段通りに、極めて普通にミサイルシステムの開発をしていたのに、その裏で誰にも知らせずに大量の遺書を書き、そして発射される試験ミサイルの後ろに突然突っ込んで焼身自殺したのだ。

 とはいえ自殺として片付けるにも、周りの他の人間が何の理解もナシにそれで落ち着くわけがない。特に人数の多い開発チームである。無理に解決したことにすれば今のところ防いでいるメディアへの漏洩が発生するのは避けられない。

 同僚の死だけでも辛いのに、それが不可解なまま闇の中へとなれば黙っていられる人間は少ない。自衛官は口が固いと思われることがあるが、それは納得いくだけの『黙る理由』があるから黙っているわけで、納得も行かないのに黙るのは自衛官以前に人間として無理がある。

 その無理から話が漏れることはよくあることで、それは防ぎようがない。だからこそ、真相を解明し彼らを納得させることは、この件を明らかにするか部内で留めるかにかかわらず、どちらにしろ必要なのだ。――それが彼ら監察本部の話だった。


「それで調べたいんですが、自衛隊内にその技術のある部署はあることはあるんです。でも彼らは正直」

 監察官は口ごもった。

「口が軽い」

 鷺沢が言葉を継ぐ。

「ええ。彼らは最近出来た制度で中途採用したもと民間のエンジニアが多い」

「私たちも一応民間ですが」

 鷺沢がそう念を押す。

「いえ、そこはすでにこれまでの横須賀のドローン事件や海老名での狙撃事件、藤沢の鉄道妨害未遂事件のことを拝見してまして。こういうデリケートな件をお願いできるのはあなたたちだけと我々は判断しました」

 なんと。

「とはいえ、我々はただの民間のエンジニアとそのお手伝いだけです。司法警察員の資格を持っていない。場合によってはその有資格者の協力が必要になる」

「それは我々監察官室が手配します」

「いえ、そういう事ではなく」

「ああ、佐々木刑事と石田刑事ですね。存じております」

 鷺沢は何から何まで知られていることに、なるほどなと思いつつ、同時に薄い恐怖を感じざるを得なかった。

「あの二人と、その関係のある刑事たちの評価は頂いております。我々の基準でも彼らは適任と思っています」

「そこまで調べられるのになぜ?」

「我々の調査は完璧ではない。苦手な領域があるのです」

 その時、オンラインの声になにか雑音が入り、突然慌ただしくなった。

「ちょっと失礼」

 監察官はオンラインの声をミュートにした。


「なんでしょうね」

 子ども食堂『マジックパッシュ』の隣の部屋、マルチモニタを組んだPCデスクの椅子の四十八願が鷺沢を見上げてくる。

「わからん……」

 その直後、町中の防災無線が一斉に鳴りはじめた。

「Jアラートだ!」

「北朝鮮の弾道ミサイルかな」

 四十八願が不安げながらそう言う。

「いや、なんか変だ」

 部屋のテレビをつける。

「多数の巡航ミサイル飛来中!?」

 速報ニュースのテロップに二人は思わず声を上げた。

「なんでまた……」

「これ、普段と違います。まさか、本気で」

 鷺沢はそうおびえる四十八願の肩に手をやった。

「そんなことないよ。だって、ここまで北朝鮮やその他の国の物流や通信量の急激な増大って報道も噂もない。戦争を仕掛けるなら必ずそういう予兆があるし、予兆なしに突然戦争を仕掛けられる軍隊はこの地上にはまだない。ウクライナの時もロシア軍でさえその兆候を隠すことは出来なかった」

「じゃあ、なにが」

「何が起きてるかはあとわかるよ。それより子供たちが心配だ」

「そうですね!」

「四十八願のPCはこのままでいい。来ている子供たちを建物の真ん中に集めよう。十分な防御とは言えないが、何もしないよりはずっと良いはずだ」

 この子ども食堂のボランティアに鷺沢が指示する。

「巡航ミサイルは弾道ミサイルよりずっと飛翔速度が遅いから飛来するまで時間がかかる。その間に自衛隊もいろんな手が打てるはずだから、落ち着いて」

 鷺沢は冷静だった。四十八願と、そして偶然ここにやってきた佐々木は驚いていた。

 少し前までマンションの部屋で不遇に心をすり減らして震えていたのと同じ人物にはとても思えない。

 その冷静さと判断力は、しっかりとした大人の男性そのものだ。

「自分のこと考えないですむのってのが一番楽なんだ。俺には」

 鷺沢はそうつぶやきながら、部屋の畳を上げて子どもたちを囲み、少しでもミサイルの弾片を防ぐバリケードを作ろうとする。

「あ、Jアラート解除されました!」

 四十八願がテレビ速報に気づく。

「巡航ミサイルは?」

「どうやら……誤報だったみたいですね」

「誤報?!」

 みんな、ほっとして息を吐いた。

「まあ、何事もなくて良かった」

 鷺沢はそう言うが、それにつづけた。

「しかし、それにしてもこれ、変な誤報過ぎるよなあ。自衛隊、どうしちゃったんだろう?」


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