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第26話 証言者は自衛隊統合指揮システム?(4)

「いや、まったく洒落にならなくて」

 防衛省監察本部の監察官はリモート会議の向こうで頭をかいた。彼は名前を名乗っていなかったのだが、実際この手の人々の名前は名乗ったところで本当かどうかというのがあって四十八願も鷺沢も聞いていなかった。

 しかし聞いてみて驚いた。彼の名は藤原美月。階級は3佐。だが美月というのに頬が骨張ったスポーツ刈りの若い小柄な男なのである。

「名前だけだとよく女性と間違われて困ることも」

 彼はそう笑った。

「でも一度知ったら忘れられないですね」

「それはそれでありがたいんですけどね。顔つなぎに重宝されます。親に感謝です」

 そういう口の歯も清潔に白くていかにも健康そうだ。

「防大卒業後は体育学校で格闘課程にもいました。何人かで片手に棍棒もって山に入って生き残り競争、バトルロイヤルなんて事もしましたよ」

「その割に身体が」

「格闘では小柄な方が有利なこともあります。そもそもイヤになっても他に使えるものがないわけですから、与えられたもので目一杯なんとかやるしかないです。それはどの立場でも普通のことでは?」

 ほんと、こういう所はいかにも健全そのものだ。無学歴に鬱に統合失調に運動不足に高血圧を抱えた鷺沢とは対照的である。だが鷺沢はなんとも思っていないようだ。

「これは本来は言えないことなのですが、あなたたちに監察、捜査を手伝ってもらう上で必要なので話すことにします。ここからの持ち出し厳禁で」

 鷺沢と四十八願は息を呑んだ。

「昨日のJアラートの誤報、実はあのとき、空自の戦闘機が複数の空自の基地から迎撃のため実際にスクランブル発進してました」

「えっ、テレビのワイドショーだと『ただのシステムエラー』ってことになってましたが」

「それがわかったのは今朝です。昨夜のうちは空自の戦闘機、空自のレーダーサイト、空自の高射群と陸自の高射特科が必死にミサイルを探し続けてたんです。自動警戒管制システムJADGEの運用を司る航空総隊システム運用隊の分析が終わってミサイルの存在がfalse、偽だと結論できるまで警戒は続いていました」

「じゃあなんでJアラートは昨夜のうちにもう解除されちゃったんですか? 巡航ミサイル、見つかってもないし偽だって結論も出てなかったんですよね」

「すごく言いにくいんですが……ミサイルは偽だ、と官邸から指示があって」

「なんですかそれ! そのミサイル、もし本物だったら国民に被害が、死人すら出たかもしれないじゃないですか」

「まあそこは官邸が判断し得る別の情報ソースがあったんでしょう。そういうことは全くナシとは言えない」

「そうですか……納得しにくいですけどね」

「正直、私もそうです」

 藤原3佐はそう忸怩たる思いを隠さずに言った。ほんと正直な人だな、と四十八願も鷺沢も思った。そういえば元陸自の橘も、健康で純朴で正直だったな、と鷺沢は思い出す。

「でもそのJADGEがなんでそんな虚情報に騙されちゃったんですか」

「JADGEは分散処理アーキテクチャを採用し、なんどかUpdateされています。最近では空自と海自護衛艦搭載のステルス戦闘機F-35AやBとのデータリンク機能強化が図られ、そのUpdate作業は正常に成功で終了となっています。外部からの侵入も検知されていないし、内部犯行の可能性もシステム監査の結果では見つからなかった」

「なんか大昔のアニメ映画じゃあるまいし、こんなことがあり得るなんて」

「あり得るでしょうね」

 鷺沢の言葉に四十八願が異を唱えた。

「人間が関わるものである以上、ミスからも悪意からもシステムは逃れられない。クリティカルなシステムは極端な性悪説で構築しなければならないです」

 四十八願はそういう。たしかに医療関係や原子力関係のシステムを請けて作った彼女の言葉には年は若いけれどベテランエンジニアらしい重みがある。

「そして最近はそのごくわずかな悪意やミスも拡大してしまうものもある」

「……生成AI?」

「そんな。そんな危なっかしいものは自衛隊では使えませんよ」

 藤原3佐は即座に否定する。

「でも生成AIは現実には世界的に応用が進んでいて、その活用と規制のバランスが大きな人類の課題となっている」

「でも我が自衛隊では……あ」

 藤原は気づいた。

「そう。F-35戦闘機は日本製ではない。そもそもJSFとして国際共同開発だったし、そのUpdateはアメリカをはじめとする複数の国が絡んでいる」

「まさか、アメリカがF-35のデータリンク追加アップデートに生成AIを持ち込んだ?」

「その可能性はあります。だけど、ほかにも可能性はあります。たとえば自衛隊さんの装備開発の管理、一時期問題になりましたが開発契約の再委託制限、これ、完全に守れてると思います?」

「そのための監察本部なんですが」

「では監察でその開発の実態、リアルタイムで監視できてますか? あとから書面そろえてもらってそれめくってハンコぱんぱーん、なんてのじゃ今時全く意味がない」

「そんな……でも、そうですね」

 藤原はやりこめられたが、それでも納得したようだ。現実社会でなかなかこういう人物はいない。四十八願の指摘に藤原がキレるのを覚悟していた鷺沢だったが、むしろこれで藤原に感心してしまった。こういうつまんないプライドを易々と脱ぎ捨てられる人物こそ本当に優秀なのだ。

「でも、これ、我々には苦手な案件です。調べられますか」

 藤原の言葉に四十八願はうなずき、にっと笑った。

「そのために私が指名されたんだと思ってたので」

 そしてこのオンラインミーティングは終わった。



「四十八願、どーすんの? 自衛隊に潜り込むなんて無理だよ? ゲームじゃあるまいし」

 鷺沢がそういう。

「そこはちょっとした工夫で代わりが出来る。ただし、それにはあの美少女剣道刑事さん」

「ああ、佐々木さんね。ヒドイ言い方だな」

「彼女にも協力を得る必要があります」

「そうなの?」

「ええ。呼んでください」

 平然という四十八願に、鷺沢はふうと溜息をつき、ケータイをとりだした。

「どうしてこうも人使いが荒いのかねえ」



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