「それで一晩過ごすことに」
「ヒドい目にあいました。今思えば藤原さんにいって後始末してもらえば良かった」
橘が嘆く。
「でもそれはそれでややこしいことになりそうだけどなあ」
鷺沢はそういいながらコーヒーを入れる。
「で、何もなかったの?」
「なにがあるんですか!」
憮然としている佐々木である。
「それよりこんな目にあって設置したあの箱、一体何なんです? それで調べは上手く行ったんですか?」
「もちろんですよ。ありがとうございます」
四十八願が説明する。
「A棟の非常階段に置いて貰ったのは傍受装置です」
「え、自衛隊を盗聴するの?」
「ちょっと違うんですがだいたい似たようなもんです。地下の中央指揮所は完全防護で、地下にありながらその壁は分厚い装甲板になっています。完全空調が為されていて潜水艦と同じように外界から遮断され、核や生物兵器・毒ガスによる攻撃に耐えられるようになっている。その出入り口は2重ハッチになってて常に片方が閉まっていて、電波も通らない。それで以前は人が通るのも困難で昼休みとか渋滞してしまうほどの厳重さだったそうです」
「じゃあ傍受できないじゃない」
橘も頷いている。
「もう一つ中央指揮所には入口があります。それがA棟に8基あるエレベーターのうちの1基、貴賓エレベーターと呼ばれてる、屋上のヘリポートから地下の指揮所まで一気に行けるエレベーターです」
「ええっ、空爆から装甲板で防護してるのにそんなのあったらダメじゃない。貫通してるエレベーターシャフトが弱点になる」
佐々木がそう言う。
「そこは自衛隊、抜かりないですよ。エレベーターシャフトもゴンドラが通過したら装甲ハッチで閉鎖されます」
「それじゃ傍受できないわね。難攻不落だ」
「ところが、それが出来ちゃう穴があるんです」
「ええっ」
「まず指揮所は完全閉鎖ですが、そこにいる人間が外と連絡取るとしたら、指揮所と外を繋ぐゲートウェイ装置を通した電話を使うしかない。で、勿論セキュリティとしてそれは監視されてる」
「そうだろうなあ」
「でも監視されたくない電話って、人間、いくつかありますよね」
「あ」
みんな気づいた。
「とくに隠し事してる人はそんな監視される電話や通信は使えない。となると、そういう人は指揮所を出て、人目に付かないところで私物携帯を使うでしょう」
「そうか、それを傍受したかったのか!」
「わざわざフィルタにかけなくても、やましいこと抱えてる人が自分から出てきて傍受されてくれるわけだ。なるほど!」
橘は感心している。
「もう一つの箱は?」
「置いて貰ったところからの風景がこれです」
「A棟の側面だけど……これが何? カメラだったの? あの箱」
「ええ。偽装してましたが中にはリモコン式のカメラと高精度レーザー距離計が入ってます」
「距離計?」
「これでボックスからA棟の窓までの距離を出します。で、窓は中で音がすると音波を受けてごくわずかに振動しますよね。レーザー距離計が窓までの距離を精密に計測できるので、その振動も検出できるんです」
「そんな技術が」
「もともとテロリスト・ウサマビンラディンを仕留めるために米CIAが使った手法です。これなら建物の中に入らなくても傍受できるし、傍受されてるのも察知しにくい」
「でもこのボックス、掃除とかで存在がバレるんじゃないか? 自衛隊の基地の中は常に整理整頓がうるさいほど指導されてる」
「そんな長く運用するつもりはありません。そもそも電池式なのでそう持たない。それよりとあることを調べたかったので、その時だけ作動してくれれば良いんです。それにこれを察知できないってことは、自衛隊としても問題ですよね」
「同じことをならず者国家がやれるだろうからなあ」
「それを調べるのも監察本部の仕事だ、そうです」
「ええっ、じゃ、この機材を用意したのは」
「相談した上で藤原さんに借りたんです」
四十八願はそういって息を吐いた。
「そうだったんだ……」
「ほかにもこのカメラ、優秀で、この窓の向こうのパソコンの緑LEDの明滅を捉えてます。パソコンのLED動作ランプのごく短時間の明滅にはパソコンの中での処理内容によって特徴的なパターンが発生するんです。例えばデータの暗号化や暗号データの解読とか。それを外部からの侵入と組み合わせると、その瞬間を狙って介入して侵入することが可能です」
「四十八願さんも怖いけど、監察本部も怖いなあ」
「海外の敵はもっとエグいこと考えると思いますよ。国と国との対立ってのは、特に戦争しかけようと思ってる場合は死に物狂いでやりますからね」
「そりゃそうだけども」
「で、ここまでが監察本部のできること。私がやるのはここから先です。どうしても調べなきゃ行けないことがあって」
「何?」