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第30話 証言者は自衛隊統合指揮システム?(8)

 鷺沢が四十八願に代わって話し出した。

「話を始めの自殺したミサイル開発の自衛官に戻すよ。なぜ彼は自殺したのか。そもそもそれが発端でした。そのあと幻の巡航ミサイル攻撃。自殺した彼のこと、監察本部と警務隊の捜査情報を拝見した。特に異常は無かった。悩みを訴えたり不平を言っていたという話もない」

「順調だったんですね」

「まさか。そんなワケあるかい」

 鷺沢がそう鼻で笑う。

「人間、そんな全てが順調なんて時は人生でほんのわずかだ。だいたいは上手く行っててもいやなこと、愚痴りたいことの一つぐらいは抱えてるもんだ。でも彼はそれを全く他人に打ち明けていなかったようだ。私物のケータイの通話通信記録にもそれらしいものはない。おかしい。そんな鋼のようなメンタルの人間がそうそういてたまるか」

「そうなのかなあ」

 佐々木は疑問でうける。

「と言うわけで調べたら、あったのさ。『良い話し相手を見つけた』というメモ。ケータイの暗号化領域に隠されたメモにあった」

「話し相手? 誰だろう」

「それも24時間365日費用なしで愚痴に付き合ってくれる相手だ。疲れも知らず睡眠も取らない」

「そんな機械みたいな相手、いますか?」

 佐々木は想像しかねている。

「まさか、それ、生成AI?」

 橘が気づいた。

「でも生成AIと会話すればそれは記録に普通に残るよなあ」

「そう。でも普通の記録でなければ察知されない」

「まさか! 自衛隊情報基盤とのやりとりって、それだったの!?」

 佐々木が気づいた。

「そういうこと。自衛隊情報基盤のなかに生成AIがいつのまにか組み込まれている」

「むちゃくちゃだ……」

「でもその証拠がない。システム全体を調査しようにも、そういう事する連中がそんな調査を簡単にさせるわけがない。それどころか、その調査をする配置の人間が下手人かもしれない」

「とはいっても全国に分散されたシステムをどうやって」

「そこで調べたのさ。何人かの自衛隊エンジニアの経歴を。

 そうしたら入間にあった『統合システム業務隊』という組織が見つかった。公式に存在してた組織だけど、防衛省に改組されたときに解散している。だがその部隊、実態は当時急激に進んでいたIT革命を自衛隊に取り入れるための研究や検討をしながらそれに必要な人材を養成する学校みたいなものだった」

「『柘植学校』みたいな?」

「また古い映画だなあ。でもそれに似てるよ。この場合はさしずめ『近藤学校』とでもいうべきか」

「ほんとだった……」

「そこでどういうことになったのかは不明だけど、その卒業生が全国に散って自衛隊のIT革命の対応を進める、ことになってた」

「なってた、って」

「そりゃ簡単なわけないよね。紙と鉛筆とハンコでやって何も疑問も持ってないところにいきなりITの考え方を持ち込むんだから。でもそれをやらなければ自衛隊は勝てない。中国人民解放軍はすでにその部門ではずっと先にいってて、業務から作戦までITの力を活用し、さらにその余った力で他国のITネットワークの妨害攪乱を専門に仕掛ける部隊までつくってる。それなのに自衛隊では『やっぱり紙ベースが一番』『ハンコが良いよね』なんて時代錯誤が平気でまかり通る。それで彼らは焦る。まっとうな説得では頭の固い上に古い首脳部は動かしようが無い。そこで彼らがやったのが」

「バイパス……」

「そう。彼らはいろんなことを隠れてコッソリやることにした。そしてそれでうまくいったのを見せて『やっぱりこうすべきですよね』とやる。終わりのない会議に無駄なプレゼンを作り続けるよりは実地で証明した方が早い。ただ、この方法は組織のガバナンスの原則からいうと間違っている。ホントはそうすべきではない。でも……時間が限られている。そしてそのために自衛隊情報基盤のなかに極秘の通信チャンネルが作られた。そのなかにこれから自衛隊で活用したい最新技術がつぎつぎと持ち込まれる。いわばサンドボックス、実験用の隔離環境が作られたんだ」

「そこに生成AIも」

「そういうこと。そしてそこでどういう言葉が交わされたか、それを知りたかった。だが普通のやり方では調査が妨害される。調査できるのは唯一彼らだけだからね」

「手詰まりですね」

「そう。普通ならそうなる」

「じゃあ、普通で無い方法で?」

「そう。そのためにあの2つの箱を仕掛けて、仕掛けたタイミングでカマをかけた。確証はなかったけど藤原さんにお願いしてこの件を察知したので事情を聞かせてほしい、というメールを出してもらった」

「藤原さんに嘘つかせたんですか!」

「背中に汗かいた、って言ってた。ここまでかなりヤバい橋をこっちも渡ってるからね。でもそのカマは成功した。対象の彼は指揮所を出て」

「え、秘密のチャンネル使えばいいのに」

「その秘密のチャンネルがバレてるぞ、と脅した。ぜんぜんバレてないけどね。完全に憶測だった」

「酷い!」

「それで彼は指揮所を出てケータイを使った。それを箱で傍受したけど、問題はあの箱、発信着信を傍受できても内容までは通信キャリアのセキュリティに阻まれる。そこで石田さんにお願いしてキャリアに通信開示して貰った」

「そんな手続き、出来るんですか」

「普通は無理。でもその秘密チャンネルの開設、通信キャリアの技術者も絡んでるとみたんで、これもカマかけたら『良いですよ』って」

「なんて世界だ……」

「で、彼はケータイを使うが、そこで秘密チャンネルの秘密がまだ生きてることに気付く。そしてそれを使おうとしてログインする。その認証のタイミングを四十八願が傍受して、介入。それで秘密チャンネルに四十八願も潜り込んだ。でも四十八願の侵入がバレればその近藤学校のOBOGの腕利きが対応してあっという間に凍結され、それだけではすまなくなる」

「そうですよね」

「四十八願はすぐにデータをローカルに転送した。通常転送は記録が残るので普通はもうちょっと工夫するんだけど、今回はその時間がない。で、その転送はギリギリで間に合った。『近藤学校』のこと、ミサイル自殺の彼のログなどを入手した。だが四十八願の侵入はバレて今、彼らは四十八願の正体と所在を調べていると思う」

「アブナイじゃないですか!」

「そう。このままでは彼らは死に物狂いで四十八願と四十八願の入手したデータの抹消のために何をするかわからん」

「じゃあ、どうするの?」

「こっちも手を打ち続けて振り切るしかない。藤原さんに特別監察を準備してもらってる。間に合うかどうか微妙だけど」

「間に合わないでしょうね」

 四十八願がPCを操作しながら、いった。

「彼らの方が手が早いし使える手段も多い。このままではやられます!」


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