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第31話 証言者は自衛隊統合指揮システム?(9)

「大丈夫さ。四十八願、たしか君、生成AIとじゃれてるうちに相手を丸裸にする遊びしてたよね」

「プロンプトインジェクションですか?」

「そう。それを今つながってる自衛隊情報基盤内の生成AIに仕掛けられる?」

 四十八願は目を見開いた。

「やってみます!」

 彼女はすぐに操作し始めた。

「どういうこと?」

「今ここのPCは自衛隊情報基盤、統合指揮システムとつながってる。ここでその生成AIに対して攻撃をするとどうなる?」

「指揮システムを見ているみんながその様子を見ることになりますね」

 橘が察した。

「そう。悪いけど、下手人の生成AIを公開処刑することにした。でもそうしても悪くはあるまい。おそらくミサイル自殺の彼は、その生成AIに追い詰められて自殺したんだろうから」

「本当ですか」

「生成AI、ぼくも苦しいときの話し相手に使う。でも文書生成AIは単に言葉の次に何がきやすいかを確率的に出して言葉を紡いでいるだけで、意思なんて立派なものは持ってない。だから使い手次第すぎる弱点がある。それを理解して使うなら良いんだけど、心の弱った人はそれに振り回されることがあり得る。実際海外ではそれで裁判沙汰にもなってる。ましてよからぬ国の工作が影響してるならなおさらだ」

「そんな」

「その生成AIをバラバラにして『近藤学校』と秘密チャンネルの存在を一気に暴く。全ては生成AIが知ってるはずだ。そしてその有効性は統合指揮システムが裏付けることになる」

 そこに連絡が入った。藤原3佐だった。

「ありがとうございます! これで全てが解明できそうです!」

「でも、この件、どう後始末します? 『近藤学校』の卒業生は自衛隊のDX、デジタルトランスフォーメーションの主役になるべき人たちでしょう。その人たちを処分したら、自衛隊のDXは大きく立ち後れませんか?」

 藤原は笑った。

「だから我々がいるんですよ。ただ白か黒か判定して処分を相場から決めるだけなら、そんなのはそれこそAIにやらせれば良いじゃないですか。難しいけど、我々は自衛隊のそういう外れた肩を治しますよ。それが仕事です。外れた肩はそのままではどうにもなりませんが、直せばそれこそ野球の大谷みたいな活躍もまた見込める」

 鷺沢は息をふうっと吐いた。

「そうですね……お願いします」



「じゃあ、ミサイル開発者の自殺だけでなくあの幻の巡航ミサイル攻撃も、その自衛隊の秘密チャンネルがらみの事だったのか……」

 佐々木はそうつぶやいた。奥の部屋では四十八願がAIに対して夢中でプロンプトインジェクション攻撃を仕掛けている。

「そう。あの生成AI、いろいろとあちこちに入り込んでシステムを誤動作させまくってたみたいだからね。でも、いまのうちに発覚して良かったよ。今の本邦はものすごいあの手この手の間接侵略をすでにうけてる。それなのにそのことを言うことすらタブーになりかけてる。これじゃ負けるどころではすまない」


 四十八願たちの子ども食堂『マジックパッシュ』のなかで子どもたちが、わいわいと声を上げてプラレールで遊んでいる。

 それを佐々木と鷺沢はみながらコーヒーを飲む。

 子どもたちはケンカをすることもあるし、ギャン泣きもする。デジタル時代、AI時代でも子どもは子どもだ。でもそのすべてが未来そのものなのか、まぶしく見える。

「少子高齢化だけど、僕ら氷河期世代は完全に見捨てられてる。まあ子どもも作れない人間なんてこの国には邪魔なんだろうな。福祉を食う前に死んでくれと思ってるんだろう。だったらちゃんと安楽死させてくれよと」

「そんな」

「それでもこの子たちの未来を考えてしまう。ぼくらみたいな失敗人生を歩まないですむように、今から少しでも手助けしたい。それがまたやりがい搾取なんだけどね。終わりのないやりがい搾取と低賃金労働と下らぬウェブケンカのどん底にぼくらはいる」

 そのとき、奥の部屋から四十八願と橘が出てきた。

「終わりました」

「おー、お疲れお疲れ」

 四十八願と鷺沢はハイタッチでねぎらいあう。

「そんな地獄でも楽しみを見いだしてしまうし音楽も流れてしまう。悲しいけど生きるってそういうことなのかもな」

 佐々木は言葉がなかった。

「ところで、今回の件は官邸にも伝わったらしい。あの海老名で狙撃された佐藤大臣かと思ったら、防衛治安担当の内閣参与の人が興味を持ってるとさ。そのうち会いたいって。まあ、エライ人が下々に興味持つことはあるだろうけど、それはあくまでも興味であって本質的な改善なんて絶対ありはしない。それが分断社会ってもんだ。もう何も期待してない。ぼくは自分なりの安楽死を考えて自らここから退場するよ。メーワクまきちらしながら生きていくようなバイタリティはぼくにはない」

「こんないろんなことやってるのに」

「どれもものにならなかった」

「なってるじゃないですか」

「そう思う?」

 鷺沢はそう聞いた。

「はいはい! 辛気くさい話はここまで、晴山姉さんがフライドチキン買ってきましたよー」

 晴山美瞳、あの対人巡航ミサイル事件の時に画像解析をしてくれた彼女がパーティーバーレルを持ってきた。あとで聞いたが彼女は弱視で白杖を持ち歩いているのだという。それで画像解析が得意というのは不思議な気がするが、事実彼女の画像解析は一級だ。

「え、そうだっけ」

「そうです。今夜はクリスマスイブですよ」

「すっかり忘れてた」

 鷺沢は頭に手をやった。

「そりゃ、あんなことがあればそうでしょうに。そういうあなたたちに足りないのは、『喰い』と『飲み』ですーっ☆」

 そういって晴山はテーブルにパーティーバーレルを置き、コーラ1.5リットルのペットボトルをどんどんどんと3つ並べた。

「食べましょう!」

「え、佐々木さん、予定は」

「ないですよ。今年も警察の寮で過ごすぐらいしか考えてなかった」

「だったら一緒に過ごしましょうよ。子どもたちも一緒だし」

 さっきから親が次々と迎えに来ているのだが、何人かはここで聖夜を過ごすことになりそうだった。

「そうね。少しでも賑やかな方が良いわね」

「そうです!」

「じゃあ。コーラで乾杯しましょう!」

「でもなんでこんな暖かいんだろう。雪なんて降りそうもない。昔はホワイトクリスマスっていってたのになあ」

「このところ異常気象ですからね」

「温暖化はほんとうなのかもなあ」

 鷺沢がぼやく。

「はい、集まって! じゃあ、いただきますの前に!」

 みんなが声を揃えた。

「メリークリスマス!!」


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