「全ては予定通りだった。でも白石さんは自分のせいで日本が危機に瀕し、総理が殺される覚悟をしたことは到底受け入れられない。そこで全ての顚末を暗号化してあのキーホルダーに納めた。だがハッカー集団はそれがなんだかわからない。わからないから疑念は暗鬼を生む。そこでそのキーホルダーを奪うべく工作員を使った。白石さんは覚悟していた通りの工作員の出現に抵抗しなかった。責任感の強い彼女です、死にたいと思っていたところに、うまくやればその工作員の素性を明らかにすることができる。命を捨てても十分利益になる、と思ったんです。でも工作員はガラス瓶型のUSBメモリに気づかなかった」
「でも総理は」
「総理は覚悟を決めていました。もともと支持率は低いし増税緊縮路線で次の選挙は負けるのが見えていた。それだったら命を投げ出して国の危機を救った方がまだいいと考えた。どういう方法で命を奪いに来るかはわからない。場合によっては沖縄への工作員の大量投入による斬首作戦もありえると覚悟していたと思います。与党の政治家はそういう時代錯誤みたいな覚悟を持った人間がまだ多い。それが日本の与党が日本の岩盤支持層の支持を得る理由でもある」
「それであの失言騒動に」
「工作員の投入で斬首作戦したら、成功しても失敗しても森下総理の後を継いだ首相はそれこそウクライナのゼレンスキーのように奮闘を決意してしまう。日本はかつてより衰えたと言っても海上自衛隊の海軍力は米海軍に次ぐ世界2位です。まして日米同盟もある。うかつに仕掛けたら世界1位と2位の海軍が復讐に殺到する。だからそれは選べない。唯一出来るのは日本の総理が実は売国奴だったというシナリオに載せて政治を混乱させるしかない」
「それでこうなったのか……」
「正直、日本国民全員が危うくヒドい目に遭うところだった」
「侵略ってそういうこと。だから絶対許せないし、防がなきゃいけないんだ」
鷺沢がそう結んだ。
「じゃあ、石田さんが追っかけてたってのは」
「その官邸ランサムウェア事件だったんでしょう」
そのとき現場に人影が現れた。
「石田さん!」
「全て種明かし、すんだようだな」
「言ってくれれば」「おっしゃってくれれば」
佐々木と四十八願の声がコーラスになった。
「そんなランサムウェア、私がいれば十分でしたよ」
四十八願が言う。
「そうなのか」
「ええ。だって大晦日、鷺沢さんとやってたのは、官邸の次に狙われた防衛省のシステムの救出だったんです」
「えっ!!」
「藤原3佐から急ぎの依頼で。救出ついでに連中のゲートウェイサーバを壊滅させときました。しばらくは連中、「おいた」できなくなります」
「ええっ!! そんな……!!」
「私、そういうところでまだスキル、ちゃんと信頼されてないのかなあ」
四十八願はぼやいた。
「白石さんの容態は」
「まだわからん。あと、総理が釈明会見するらしい」
「釈明、って」
「どういうことにするかわからないけど」
そのときもう一人、ここに現れた。
「総理は覚悟決めてますよ」
佐藤大臣だった。
「政治家ってのはそういうもんです。昔から城が落城してもみんなの命の安堵のためならハラ切るのが当然なんです。政治と選挙ってのは本質はその時代から変わらない。それが実際の日本刀振り回してのスプラッタ劇から投票に代わっただけです。だから覚悟も勇気も同じ量が必要なんです」
大臣はそう微笑んだ。
「森下総理は沖縄行きの前に、私にこっそり言ってました。なにかあったら後は頼んだ、って。そのとおり、覚悟してたんです。そういう覚悟のある人間は強い」
全員が言葉を失った。
「このたびの私の失言問題、日本国民の皆さんに深く陳謝します」
記者会見で、森下総理は外務大臣と共に頭を下げた。
「沖縄は我が国の『固有の領土』であることは間違いない。少しも疑問を差し挟む余地はございません。あの失言は、ひとえに私の言い間違いという不徳のいたすことであり、それ以上でも以下でもございません。これからも私は沖縄の平和、日本の平和に尽力し続けることを誓い、お約束申し上げます。以上です」
総理はそう言うと、演壇の水を飲んだ。
「では質問を受け付けます。質問の際は所属社名とお名前を名乗った上、簡潔にお願いします。では幹事社の朝目新聞さん」
官邸の司会が促す。
「朝目新聞の成川です。今回の失言問題の責任、森下総理はどうおとりになるおつもりでしょうか」
総理はうなずいた。
「この問題から逃げずに、信頼に応えるためにこの場に留まり全力で取り組むことを誓います」
*
マジックパッシュのリビングでそのテレビ中継を見ていたいつもの鷺沢たちは、うなずいた。
「そりゃそうだよな。こんなことで総理が替わられても困るし、覚悟してがんばってくれれば十分だ」
「この総理、外交とかこういうのうまいのに、なんで増税と緊縮財政とるのか。それさえなければねえ。惜しいですよ」
「結局支持率は上がりもせず下がりもせずの低空飛行だ」
そのとき、佐々木が電話を終えてきた。
「白石さん、意識を取り戻したそうです。予後もそれほど悪くならない見込みだと」
「よかった!!」
みんなの声がそろった。
そして鷺沢が庭に出た。
正月の空は、澄んですっきりと青く晴れ渡っていた。
「今年はヒドイ正月かと思ってたけど、案外今年もそこそこちいい正月かもな」
<被害者は日本国民? 了>