神奈川県海老名市の某所にある子ども食堂『マジックパッシュ』はお昼ご飯時を終えていた。学校では給食の時間だが、ここではここに通う不登校の子のためにボランティアのおばさんたちが食事を作って提供している。
それはここで暮らしているハッカー・
「四十八願さん、今日のお味、どうです?」
「あ、お出汁スゴくきいてて良いですね」
「お塩をその代わりにできるだけ減らしました!」
「いいですね。減塩は身体にいい」
「四十八願さん、運動はなさらないんですか」
「したいんですけど時間がなくて」
「そうですわねえ。いつもお忙しそう」
そこに
「お昼、ぼくの分もありますか? お腹すいちゃって」
「ありますよ。でも鷺沢さんも運動しないと。その下っ腹」
おばさんが指摘する。
「ああ、これですか」
鷺沢はいつものようにぼんやりとした顔で答えた。
「昼間はリモートのバイトだし、夜に運動しようと思ったら不審者で通報されちゃいますよ。前はリモート夜勤で時給良かったけど最近は昼間で時間も減らされてビンボーで」
「あらら」
四十八願も嘆く。
「それで来年の鉄道模型ショーへの出展、軍資金ないから縮小になるかもって話してたんです」
「前はぼくがいろいろ負担できたけど、こう収入減らされちゃっては、ね。四十八願に払ってもらいたいんだけど、でもこの子ども食堂の資金もあるからなあ」
四十八願も鷺沢もふーっと溜息をつく。
「まずなんか飲もう。水でいい水で。ビンボー人は水を飲め、っていうし」
「それ、大昔の総理の『ビンボー人は麦を食え』みたいですよ」
「事実ビンボーだもの」
鷺沢はそういってションボリする。
「今の森下総理もそう思ってそうですよね。この状態で『中小企業の業績の息吹きが戻った』だなんて。どこ見てるんでしょう?」
「ほんと、どこの異世界の話なんだろうと思うよ。こんなにみんな物価高と安い給料で苦しんでるのに。まあ役所はリサーチなんてろくに出来ない連中だからなあ」
「鷺沢さん役所にもいるじゃないですか」
「役所そのものの雇用じゃないし最低時給だからね。でも見てて役所ってどういうものかよくわかるよ」
「そのために勤めてるんですか?」
「それもなかったらほんとクソ職場だよ。来所者さんのためになることしようってがんばってるけど、でもこれってやりがい搾取だよなあ。それはそうと、その画面、何映してるの」
大きな60インチパネルに風景が映し出され、その風景の音らしき音がスピーカーから聞こえる。
「寄付でテレビもらったんですがテレビの番組つまんないので、PCにつないでいろんなとこのライブカメラ中継やってるYouTubeチャンネルを自動的にランダムで切り替えるようにしてるんです。そういうスクリプト組んで」
「やっぱり四十八願にもっと稼いでもらうしかないかなあ。その技術で稼ごうぜ」
「ライブカメラ面白いですよ。赤羽の線路写したカメラは通る列車をAIで自動認識してテロップで紹介してくれるんです」
「うっ、スルーしやがった」
鷺沢は頭をかく。
「佐々木さんも最近忙しそうだし」
「あ、鷺沢さん、佐々木さんを我々の鉄道模型グループに入れるってどうです? 出展費それで少し負担してもらって」
「なんで佐々木さんが鉄道模型を。無理無理。佐々木さん剣道が趣味だし、電車にほとんど感心ないし。この前偶然一緒に海老名駅いって、偶然クヤ検がきて驚いてたけど無反応で」
クヤ検とは小田急線で線路や信号、電力施設を検査する装置を装備した専用車両クヤ31「テクノインスペクター」を連結した専用列車が走ることを言う。1両しかない上に1カ月に一回の繁忙期でない土日にしか走らない。他の会社のそういう特殊な列車よりはダイヤは推測しやすいとされているが、意図せず偶然出会うのはなかなか難しい。
「え、あれ、見てて窓少ないし正面は3000形に似てるけどロゴも目立つし、下枠交差パンタつけてるのあれだけだから、すぐ普通の電車じゃ無いなと思いそうなもんですけど」
「それがもろに普通の電車扱いだったよ。お、珍しいのが来た! っていうと、『え、通過列車でしょ?』だって。そりゃそうだけどタダの通過列車じゃない、って説明してもぜんぜん。まあ関心がないってそういうことなんだろうなーと」
「そうなんですか……知ると面白いと思うんだけどなあ」
「それは四十八願がマニヤだからだよ」
「鷺沢さんに言われたくないです」
そう言いながら二人は水を飲む。
「四十八願はもっと何か飲めば良いのに。お金あるんだからカルピスウォーターとかさ」
「つきあいですよ。つきあい」
「あー。カルピスウォーター飲みてえ」
鷺沢が言う。
「買えば良いじゃないですか」:
「あれ、ペットボトル1本で157円もするんだよ、157円」
「いつも買う鉄道模型に比べればずっと安いですよね」
「模型は別。でもそれだって我慢してる」
「あ、そうだ、鷺沢さんが佐々木さんを鉄道マニアに育てるのは?」
「できるわけないじゃん。だってこんなにいろいろあっても、未だにぼく、キモイおっさん扱いだよ?」
「そうは見えない気が」
「四十八願、それは君の見る目がおかしい」
「そうですかねえ」
おばさんがたもうなずいている。
「四十八願以外とそう言うのにぶいんだよね。せっかくかわいいのに」
「え、なんですって。もう一度言って」
「やだ」
そのとき、画面の中の音を出しているスピーカーが騒がしくなった。
「なんだろ」
「県営名古屋空港のライブカメラですけど……なにかあったのかな」
「何かな……格納庫からなんか出てきた」
「MRJのとき見ましたね。ダメになっちゃったけど」
「三菱の人たちのプライドが邪魔したって聞いたよ」
「『下町ロケット』の帝国重工ってリアルだって聞きました」
「フィクションなのにね、って、あの飛行機!」
鷺沢の目が丸く見開かれた。
「え、なんか小さくてグレーの飛行機……これ、戦闘機ですかね」
「というより、これ、あれだよ! 今開発中の空自の次期戦闘機!! まだ試作機も公開されてない!!」
みんな仰天した。
「ええっ!」
「なんでそれが!!」
「今日試験飛行だなんて聞いてないぞ!」
その飛行機は、格納庫から誘導路へ向かっていく。
「なんで!?」