「えっ、誘導路から……滑走路に本当に出ちゃったよ?! これ、まさかいきなり飛ぶの!? というかこれ、そもそも実機体、いつのまに出来てたの!?」
鷺沢がすっかり驚きでいっぱいになっている。
「鷺沢さん、飛行機にもお詳しいんですねえ」
おばさんがたはそういいながらコーヒーを飲んでいる。いたってのんびりとしたものだ。
「そうですね。鉄道と共に飛行機好きな人いますからね。テツヒコさんなんて呼ばれたりしますね。でもおかしいなあ。普通こんなことないと思うのに。飛行機詳しくない私でもおかしいと思う」
四十八願もそう言ってお菓子を食べている。女性陣はみんな冷静だ。
その謎の飛行機、戦闘機は車輪を働かせて誘導路から滑走路に出る。それにむけて赤と青の回転灯をつけた地上のピックアップトラックのような車両が近づいていく。
「おかしい! なんでここまでフォローミーカーが出てきてるんだ?!」
フォローミーカーとは滑走路の異常を確認するための空港の業務用車両である。
ライブカメラは県営名古屋空港の展望デッキに置いてあるらしく、マイクがそのデッキにいる人々のざわめきと驚きの声を拾っている。こういうところに来る人たちらしく、予備知識があってこの異常事態がなぜ、そしていかに異常かを理解しているようだ。
飛行機はそれにかまわず、後尾の噴射口から炎を吹き、前脚、前のタイヤを沈み込ませる。ブレーキをきかせてエンジンのスロットルを開いたのだ。吐き出される特徴的な高性能エンジンのジェットサウンドの音圧があたりを圧倒する。
そして、ブレーキを解除し、加速して滑走路を走ると、あっという間に浮かび上がり、そのまま着陸脚を格納し、空高く上昇していった。
「マジか……ろくな滑走試験も試験飛行もなくいきなり離陸なんて……こんなの、いったいどうツッコんで良いかわからん」
鷺沢はそう驚いているが、なぜかカメラの向こうでは拍手する者が出始めた。
「え、これ、普通の試験飛行じゃないんですか? 試験成功で祝ってるんじゃ?」
おばさまがたがいうと、鷺沢は振り返っていった。
「そんなワケ無いですよ……いくらなんでも」
*
それからあと、鷺沢はネットを見ては独り言を繰り返し言っていた。
「だから佐々木さんからキモイって言われるんですよ」
「だって四十八願、これがおかしくないわけないじゃん!」
「落ち着いてください」
四十八願はあきれている。
「鷺沢さんがそう分析したって、何の役にも立ちませんよ。だからマニアって言われるんですよ」
「これ防衛省、どう発表するんだろう。日英伊3カ国共同開発の新型戦闘機の未公開の試作機が披露式典もなく滑走試験もなくいきなり離陸してそのままギアアップして消えちゃうなんて……そんなのあり得ない。絶対あり得ない。非常識すぎる。何が起きてるんだろう。ツッコミどころしかないぞ」
「鷺沢さん、静かに!」
四十八願は自分のリモートワークに戻って忙しいのだ。
「でもネットはどえらい騒ぎになってる!」
鷺沢の興奮が止まらない。
「それは航空宇宙クラスタだけですよ。一般の人々はそんなのことに関心ないです」
「でも、いや、これおかしい。管制塔もなんでこれ離陸許可しちゃったのか。フォローミーカーを出したんだから異常だってことはわかってるはずなのに。イヤおかしすぎるよ」
「なんかあったんじゃないですか」
四十八願が興味なさげに言う。
「そりゃあったんだよ。これ、説明なしでは終わらせられないよ。いったいどうするんだこれ」
「でも防衛省からの発表、まだないですね」
「それもおかしいよ。何が起きたんだ……」
そのとき、テレビのテロップ速報の音が聞こえた。
「防衛省の発表、きた!? って、ええっ!!」
鷺沢は口をあんぐりとあけて呆然としている。
「こんなの、アリかよ……」
四十八願が見ると、そのテロップはこうだった。
――-佐藤地方創生・少子化対策相が結婚を発表――-
*
「こんなのありかよ」
テレビはあの海老名複合施設『えびなみん』で狙撃された大臣の結婚発表記者会見を取り上げている。
「あの試作機の話はどうしたんだよ……こんなのおかしいだろ……」
そのときだった。
『『衝撃バズーカ』の竹野です。大臣、本日小牧の県営名古屋空港から正体不明の機体が離陸しそれを多くの人々が目撃している件について伺いたいのですが』
一人の記者が質問する。
『申し訳ありませんが本日の記者会見は佐藤大臣の結婚に関するものなので、関係のない質問はお控えください。他の方の質問を承ります。他の方』
会見の司会がそう言葉を浴びせて遮る。
『首都新聞の浅川です。大臣は結婚することで政治活動に支障が出ないとお考えですか? 結婚制度は女性を家庭に縛り付ける抑圧的な制度という見方もあります。そこでこの結婚と女性問題・少子化担当大臣としてのお立場との整合性は取れるとお考えでしょうか? また結婚しない女性愛者やトランスジェンダーなど多様な性と愛の形を持つ人々に対して、その多様性を無視することにはなりませんでしょうか。それでそういうセクシャルマイノリティの人権を尊重すべき女性問題担当大臣としての立場は果たせるとお考えですか? お答えをお願いします』
すぐに別の記者が起立してかぶせるように質問し、会見は続くが一度出た名古屋空港の試作機離陸の話題はすっかり封じられてしまった。
「なんてこった」
鷺沢があきれたとき、彼のケータイの着信が鳴った。
「え、誰だろ? こんな時に」