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第47話  誘拐犯は航空自衛隊次期戦闘機?(8)

「お疲れさまでした」

 ここは防衛省市ヶ谷庁舎A棟最上階。

 マジックパッシュの大人と、子どもたちが招待されていた。

「スゴい見晴らし良いですね!!」

 そこからの東京の風景を見てわいわいと喜ぶみんなに目を細めてうなずく高齢女性。防衛・治安担当内閣参与・大倉こだまである。昔、強行犯係の刑事だったらしいが、今はそれが想像の付かないほど穏やかな女性だ。佐々木はその優雅な佇まいに感心している。

 A棟の最上階の食堂の窓からは、もともと建っている市ヶ谷台が都内で最も標高の高い戦略要地であるために、遙か遠くまで見通せる。今も昔も高い土地は戦略の要衝であり、それで市ヶ谷台にはかつて陸軍省庁舎が設置され、そのあとも市ヶ谷駐屯地がおかれ現在の防衛省庁舎地区につながる。ちなみに二番目に都内で高い場所は陛下の学校である学習院大学のある目白台である。

 その食堂のテーブルには2機の戦闘機の模型が置かれている。片方は最近正式発表されたブルーグレーのデジタル迷彩が描かれたF-3戦闘機であり、もう片方は……あの蒼電である。

「本当にありがとう。あのまま蒼電の隠し場所と背後関係が判明しなかったら、このF-3の開発計画ごと全てダメになっていたかもしれない」

 参与はそう話す。

「でも幸運がいくつもあった」

「そうですね」


 あのとき離陸していた蒼電はそのまま西の方向へ突進した。それを空自の戦闘機が追跡した。そのまま他国へ亡命する兆候があれば撃墜せよ、との命令が空自の戦闘機には与えられていた。

 そのとき、西から接近する複数の機影があった。おそらく日本にことあるごとに対立する某国の第5世代戦闘機だったという。空自の戦闘機はF-2とF-15とF-35だったので、対抗できるのは新型のF-35だけ。このままでは不利な大空中戦になる!

 そのとき、空自の各機体にデータリンク経由で何かの指示が飛んだ。それは空自のF-35の他の旧世代機は撤退し、F-35だけ前進せよ、という空戦フォーメーションの指示だった。

 空自のパイロットはそれは遙か後ろで指揮を執る空中管制機AWACS、空自E-767からのものだと思い、疑いなくそれに従った。

 だが、みんな、高空での飛行時には『飛行機乗りの六割頭』と言われていたように頭が働かなくなる。そのとおり働いていなかったため、忘れていたのだ。

 そう、某国の戦闘機の装備する超長射程空対空ミサイルの攻撃にさらされる可能性のため、E-767は後ろにいなかったことを。


 そのことに気づいた時には遅かった。空自のF-35に襲いかかる某国戦闘機。自衛隊の戦闘機は攻撃されるまで手が出せないのはこれまで通りだった。ましてE-767AWACSの支援を受けられないのでは各個撃破は避けられない。

 必死の回避をするF-35。しかし数でも劣勢。絶体絶命!


 だがそのとき、蒼電が突然どこかから現れ、瞬く間に某国戦闘機の後ろにベクターノズルをつかった機動で滑り込み、機銃の一撃で撃墜した。

 そしてそれを見た残りの某国戦闘機に向けて、今度はずっと後退していた空自F-15とF-2が何者かの指示で放った多数の空対空ミサイルが波状に押し寄せたのだ。

 圧倒的な長距離での空対空ミサイル飽和攻撃ではいくら第5世代戦闘機でも逃げられない。結果は全機撃墜だった。


 そして全て撃墜された空を悠々とゆく蒼電。そこで空自のパイロットたちは気づいた。

 彼らに後退と前進、そしてミサイル発射の指示を出し、ミサイルの中間誘導をしたのが、その蒼電であることを。

 まさに各戦闘機を指揮してチーム空中戦を柔軟に行う『チームキャプテン』のような戦い方だった。それこそが航空自衛隊がF-3開発で目指してきた未来の空中戦であり、試作機の蒼電はそれを早くもいきなり実証して見せたのだった。


 当然某国はこれで激怒し外交ルートで目一杯反撃する、と思われたのだが、隣国とは言えその試作機の強奪を企て、しかもそれで空中戦を仕掛けて失敗し散々な返り討ちになったことが知られれば、権威失墜どころか国家主席の失脚にもつながりかねない。

 その日、東京でその某国大使が日本の外務大臣に会う席があった。

 某国大使は目をそらしたが、外務大臣は流暢な中国語で言ったのだ。

『今日は「戦う狼」はどうなさいました?』と。

 言われた大使の向けたその顔を、大臣も参与もおそらく忘れることはないと思ったのだった。


 そして事態は『解決』した。蒼電はそのあと空自の戦闘機の監視、というよりエスコートを受けながら、名古屋空港に着陸した。損傷もほとんどなく、農道空港で受けた整備の腕の良さがよくわかったという。そして蒼電の得た実戦データが本番用のF-3の開発に生かされることになった。

 いろいろと問題はあったが、政府としても警察としても、このきな臭い国際情勢の中で主力戦闘機開発の貴重なスタッフを大量に逮捕して罰するのは国益に反しすぎる。そのため警察は捜査したものの真相は秘密扱いとなり、なおかつ検察庁もバレないように工夫した上で不起訴とした。もちろん司法の王道ではない。だが今はそれで贅沢は言えないのだ。そしてこういうことでむやみに秘密を暴いて国を、人々をむざむざ危機にさらすような愚か者はそう多くないのだった。それに隠蔽する事件としてはそれほど後味の悪いものでもないのも作用した。結局この事件で誰が損したのかといえば、常に日本を脅迫する某国が損しただけに近いのだから。


 だからあとの処理も思いのほかスムーズだった。農道空港の彼らには警察からのお説教があったが戦闘機の緊急離発着に思いのほか使える事が判明したため、農道空港の維持には国から交付金が出て廃止は回避されたのだった。

 そのための処理の道筋をつけたのがこの参与だった。昔からこういう公安部の仕事をしてきたと言うだけあって、酸いも甘いもの手腕にはみな舌を巻いた。でも彼女は『昔の上司の腕には及びません』と謙遜を忘れないのだった。

 そして解決に活躍したマジックパッシュのみんなをこの市ヶ谷庁舎の最上階の食堂に招いてねぎらいの食事会を開いてくれているのだった。

「すごい、このステーキ! 肉厚! こんなの見たことない!」

 歓声を上げる子どもたち。

「下のグランドヒル市ヶ谷のシェフが作ってくれてるんですよ。温かいうちにお召しになってください」

 参与が穏やかに言う。

「でも、参与。その蒼電の操縦パイロットって、誰だったんですか?」

 席の佐々木が聞く。

「誰だと思います?」

 参与が微笑んで聞いた。

「いや、もしかしたら『無人』かと思ってました。AIとか。そういうゲームありましたし!」

 鷺沢が言うが、参与は首を横に振った。

「じゃあ、誰です?」

「それはね」

 その参与の視線を追うと、その先に、同じようにステーキを食べている、年の頃が中学生ぐらいの女の子がいた。

「彼女はアマチュアグライダーの操縦でもとても優秀で、世界大会の日本代表なんだそうです。そして正確な誘拐の定義では誘拐になるかどうか、いささか疑問ではありますが」

 参与はそう穏やかに言ってまた微笑んだ。


 マジックパッシュの捜査チームの4人は、何のことか理解できなかったが、直後、理解して口をあんぐりと開けてしまった。


「えっ、えっ、ええええええっ!!!」


<誘拐犯は航空自衛隊次期戦闘機? 了>


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