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第49話 暴行犯は高度警備ロボット?(2)

「被害者は桜井さくらい梨里杏りりあ教授。現場は横浜市神奈川区羽沢南2丁目リビンタワー羽沢横浜、地上23階地下1階のタワーマンションの1階エレベーターホール。なんでも自動警備ロボットが教授を無理矢理地下行きのエレベーターに押し込んだそうです。これがそのロボット」

「普通の今時の警備ロボットだね。全然人間型じゃない、巡回型のセキュリティロボットだ。いろんなセンサーを搭載し、放置物やごみ箱の点検も出来ると言うけどマニピュレータももってないタイプだね」

「これでも現在存在する警備ロボットでも最新鋭なんです。採用例は一部の空港や駅、企業の本社ビルだけど、基本警備員の補助や負担軽減目的にとどまってる、そうです。他にも自律飛行ドローンタイプの警備ロボットも一部で運用されてますが今回のものは違いますね」

「で、これがなんで暴行事件なんか起こしちゃったの?」

「なんでも教授が22階の家に帰宅しようとホールに来たら、その前にしつこく立ちはだかって、そのまま地下駐車場行きのエレベーターに押し込んじゃったんだそうです」

 佐々木が説明する。

「それで暴行になるんですか?」

 四十八願が聞く。

「一応ね。暴行罪ってのは他人の身体に有形力の行使をした場合に成立する。なおかつ傷害を与えてない場合のみ。傷害あたえたら傷害罪になる。そして故意によってなされてることも条件。意図してないのにそうなっちゃったのは過失罪になっちゃうから、なおかつ不法性もあることも条件。正当な理由がある場合は正当防衛や公務執行に含まれちゃう」

「なるほど、範囲が狭いんですね」

「そう。そして暴行罪、法定刑は2年以下の懲役もしくは30万円以下の罰金・拘留もしくは過料」

「なんか重いんだか軽いんだかわかんないね」

「傷害罪が15年以下の懲役、殺人罪は死刑か5年以上の懲役、過失致死は5年以下の懲役。罰金はそれぞれ傷害が50万円以下、殺人は罰金の指定がない。過失致死は100万円以下」

「まあ、比較すると軽いけど、でも決して普通に軽い犯罪じゃないよね。そりゃそうだ。でもこういうの、なんで警察が受け付けちゃったの? これ、示談とかで終わるんじゃない? そもそも被害届受け付ける? 教授ケガしてないし、拘束とかされたわけでもなさそうだし。そうなったら暴行罪どころじゃないよね」

「そう。でも教授、すぐ弁護士呼んじゃって。現場でどういうやりとりがあったのか、まだわからないけど被害届受け付けちゃったみたい」

「それで県警のエリート刑事の佐々木さんに仕事が」

「さらりと嫌味ですかそれ。キモイ」

 佐々木は怒る。

「でもよくわからんなあ。どうにも。あ、だからそれを僕たちに調べて、って?」

「そうだけど」

「佐々木さん、我々のギャラ、ちゃんと払えます? ぼくらボランティアでも低賃金雇用の奴隷でもないですよ」

「だってこの前、鉄道模型買ったじゃないですか」

「あの件はあの件、この件はこの件ですよ」

「あなたたちのこれ、カツアゲで被害届だそうかな……」

 佐々木が言う。

「じゃあぼくらは下請け法違反で労基署に電話しますけどね。警察と労基署のケンカが見られる!」

 鷺沢が言う。

「バカなこと言ってても仕方ないですよ」

 四十八願が取りなし、佐々木がうなずく。

「というわけでこの前発表された新しい小田急ロマンスカーのHOゲージ、買ってくれますよね」

 四十八願が続ける。

「なにが『というわけ』なんですか!」

 佐々木が怒る。

「エンドウが早速模型で出すんだそうです。予価85万円」

「めちゃくちゃ高い!」

「そりゃ室内灯に前照灯尾灯、さらにはラウンジ部分のテーブルランプまで点灯、車体は真鍮プレス前頭部はロストワックス、床下機器カバーのインテークまで正確に再現、の『匠シリーズ』ですから」

「そういうことじゃなくて! なんでここまで金額上がってるの!」

「前回日本の危機救ったじゃないですか。無報酬で」

 四十八願が言う。

「そうそう。あのときどさくさ過ぎて全然請求してないし」

「あなたたち、ほんと、私をなんだと!」

 佐々木は激怒している。

「じゃあ佐々木さんだけでこのWebフェミで有名な強引火性の教授の変な事件、ちゃんと解決してくださいよ。だってこれ、どう考えても大炎上必至ですよ」

「神奈川県警も評判更に落ちるだろうし」

「もう地下に降りちゃうよね。この件のエレベーターみたいに」

「鷺沢さん、うまいです!」

「でしょ!」

「ほんとにもう!!」

 佐々木の怒りは止まらない。

「まったく、こんなことばっかりでで剣道もろくに出来ないし……」

「そうですよね……」

「でもロマンスカー……これ、こんな大きなのじゃなくて、もっと小さい模型なら」

「え、Nゲージにしろって? 何値切ってるんですか」

「下請け値切るなんて今時鬼畜の所業ですよ」

 四十八願が続ける。

「85万円……でもちょっと、無理」

 佐々木がそうぽつりと言って、黙った。

「うっ、佐々木さん?」

「まさか……泣いちゃうんですか?」

「私、良いことなかったなあ……鷺沢さんを横須賀で助けて以来、ずっと貧乏くじ続き」

「ええっ、泣くなんて!」

「いつもやってくれてるから、払えるなら払いたいんだけど……」

「ええええっ!」

「うわ! まじですか!」

 佐々木の頬に涙が一粒伝った。

「わかりました! Nゲージで良いです! ハイグレードで3万2千円! それでいいです!」

「いいの……?」

 佐々木が小さな声で言う。 

「いいですよ。やりますよ。やーりーまーすーよ!」

 四十八願も鷺沢もすっかり慌てている。

「じゃ、おねがいしますね!」

 突然、佐々木が満面の笑顔になった。

「えっ、その涙」

「うん。涙流す練習、昔小さいころしてた。文化祭の劇で泣くシーンがあったから」

 佐々木がにっこりとして言う。

「えええっ!」

「いやー、昔なんでもうできないかと思ったけど、できるもんですね! じゃ、お願いしますね!!」

 佐々木はそう言うと書類をまとめ始めた。

「佐々木さん……実はブラックですね」

「薄々思ってたけど、ホントに」

 鷺沢と四十八願は目を合わせた。

「じゃあ、私、海老名署に戻ります。良い報告、期待してますね!!」

「ひいいい!!」


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