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第51話 暴行犯は高度警備ロボット?(4)

「それで教授と一日一緒にいたんですね」

 四十八願があつあつのコーヒーを口でふきながらいう。

 マジックパッシュに鷺沢は戻っていた。

「そう。でも、ほんといい人なんだよなあ。まあ、ああいうウェブ騒動って渦中の人、だいたい普通の人なんだよね。これまでも何人か直接会ったことあるけど」

「じゃあ、なんでそういう騒動に」

「個人的な感覚だけど、正義感が強い人ほどああいう騒動起こしやすいんじゃないかなと。桜井教授も正義感を感じたし。でもいい人だと思う」

「でも教授の普段の言説だと、鷺沢さん『弱者男性』扱いじゃないですか?」

「それが、やたらよく話を聞くのよ。何事にも熱心で。すごくこっちの言うことも人格も尊重して丁寧に扱うのね。授業の時に学生にいつも微笑んで目を細めてしっかり聞いてるし、本や論文を読むのもものすごい集中力。その熱心で真摯な姿勢、うちの師匠を思い出しちゃったよ。ああいういい視線で書いたもの読んでもらえる学生さんはほんと幸せだろうなと。自覚してるのは少ないっぽくて残念だけど。カフェで話するときもほんと興味深そうに聞くし。エライ人、成長していく人って話するより聴くほうを意図的に重視するってのはほんとだなと。歩くときには相手に合わせてせわしなく歩くし。あの人小柄だからたいへんだと思うけど、ぜんぜんそんなの言わないし」

「で、どこまで行ったんですか?」

「旦那さんに会わせてくれたよ。例の自宅のタワマンに入れて」

「ええっ、そこまで?」

「共用ラウンジまでですまない、っていってた」

「そこまでやるだけでもやり過ぎっぽい」

「マンションの共用ラウンジってこういうとき便利だ、って。それで横浜の夜景見ながら話してくれて」

「一日中話してたんですか」

「そう。あと、警備ロボットも見た」

「ええっ!!」

「教授、警備ロボットに『ソフィア2号』って名前つけてたよ。訴えたのは1号らしい。それはもう回収されて、交代したロボットにそうなづけて。冗談とか話かけてた」

「やたらフレンドリーですね」

「なんか、教授そういういい人なんだけど、時々メンタルのカウンセリングも受けてるらしい」

「いい人だからたいへんなのかな」

「そうかもしれない」

「で、旦那さんは」

「別姓なんだよね、桜井教授。相手は小林紡(こばやしつむぐ)。ロボット工学で別の大学の工学部准教授。スゴく仲よさそうだったよ。なれそめまで聴いちゃった」

「桜井教授どんだけ話してるんですか……話が好きなんですね」

「なれそめは大学食堂。女性受けするロボットは作れないか、って紡さん聞いたみたいで」

「その女性受け、ってだけで桜井教授かみついて一刀両断しそうだけど」

「それが逆で。そういう女性にも男性にも気に入られて役にたつロボットはどういうものか、専門外だけどユニバーサルデザインの観点を入れてみよう、ってものすごく盛り上がったらしくて。それがなれそめ」

「そんなことが」

「プロポーズも研究室で。ロボットに指輪持たせて教授に渡すサプライズやったんだって。そして結婚式はロボットだけでなく、隣のVRやARの研究室も巻き込んですごくハイテクな演出やって。それで一時スゴくバズったらしい」

「でもフェミニズムなのに結婚って良いんですか」

「フェミニズムも人それぞれみたいに細分化されてるらしい。結婚についても否定派肯定派で割れてる。桜井教授は結婚を肯定してる上に、LGBTQ+の人々も出来るようになると幸せになれて良いって立場」

「なるほどねえ。じゃあ、萌え絵批判ってのは」

「あれも人それぞれらしい。たしかにフェミニズムってのは多様すぎるところがある。教授は『だってあんなに肌出し過ぎるのはよろしくないでしょ。女性を性的に見過ぎて尊厳をないがしろにしてる。趣味として自分たちだけ、限られたとこでやるなら全くの自由だけど、公的な誰でも見られる場所に無批判に出して良いと思えないのもあるじゃない』って」

「ええっ、そうなんですか」

「でもあれで女性への犯罪が増えるって言ってませんでした? って聞いてみたら『えっ、誰そんなこと言ってるの? 少なくとも私は言ったこと無かったと思う。だってフィクションでしょ。実在してない女性を救う前に実在の女性がどっさり困ってるほうをなんとかしなきゃ。もちろんフィクションからリアルにはみ出してきたら大問題だけど、フィクションは表現の自由だし、フェミニズムもそういう自由を大事にする立場の人もいる。私もそうだし。世の中のフェミニズムが、っていう批判はそもそも主語が大きすぎる。フェミニズムも人それぞれだし、それをこうだって一つに決めつけるのはよくないわよ』だって」

「……たしかにそういう気がする」

「でしょ。一時期ラノベの表紙の『肌色率』がやたら増えてるとき、ぼくもだんだん『うわー』って思ったもの。たしかに自由だけど、だからといって何やってもいいわけじゃない。自由には責任が伴う。それを売れるから、目を引くからってどんどんエスカレートしていくのは、表現ってそうなりがちだけど、正直なんだかなあ、って思ってた」

 鷺沢はコーヒーを飲んだ。

「どっちにしろ自由ってのは正義として安易に十字軍していいものじゃない。むしろ危なっかしいものだから、ありがたいけど慎重さも必要だと思ってる、って教授に言ってみたら、教授も『それが当たり前よね。でもそうでない人もどっさりいるし、それで傷ついている人もいる。それを救いたいといつも思っているけど、それが十字軍になっちゃったら本末転倒。私もそういうところ、自戒しないとね』だって」

「なんか、スゴくいい人じゃないですか」

「ネットってのはこういう、人の一部だけをやたら強調したり、関係ない人の言説を関係あるように誤解させたりする。いつものことだからね」

「決めつけはホント危ないですね……でも桜井教授、そういう人だったのか」

「そう。でもこうなると、なんでまたそんな教授が暴行罪で告発したのか、うまくつながらない。まあとにかく、これで一度佐々木さんに送ってみる」

「新ロマンスカーのNゲージがかかってますもんね!」

「もうちょっとほしい気もするけどなあ、けっこうこれ、重労働だぜ」


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