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第52話 暴行犯は高度警備ロボット?(5)

 鷺沢は海老名署最上階の武道場に通された。佐々木はそこで剣道の練習をしているので、そこで待つようにと言うことである。

「剣道場って独特に臭うよね……」

 鷺沢はそう独り言を言う。

「元々汗めちゃかくスポーツだし、防具が汗吸うんだよね。どうにもならんよね」

 そう言いながら、しつれいしまーす、と剣道場の脇に入る。

「あ、ファブリーズ」

 脇に供えられたそれに鷺沢は気づく。

 剣道場は2月の風に窓を全開にしてあるせいか、きんと冷えて寒い。

「一応気にしてるのか」

 今使わない防具も天日に干してあるようだ。

「なるほどね。ん?」

 鷺沢は気づいた。

「お香の香り……?」

 防具にお香の香りを焚き込んでいる者がいるようだ。

「まさか、ね」

 そこで見ると、小柄な剣道着の二人が竹刀を構えて静かに『蹲踞(そんきょ)』の姿勢になっていた。

 そして二人はさっと一礼する。

 竹刀を構えた二人は気合いの声を上げながら竹刀を中段に構えた。二人の剣道着の前垂れには佐々木と水野とある。佐々木はそれほど長身でも無いと思っていたが、相手はもっと小柄だ。

 二人は構えた竹刀の先でちょんちょんと牽制しあうように見えた。

 だがその直後、佐々木がどんとものすごい音で足を踏み込んで突進した。

 水野がそれを受け、ここから打ち合いか! と鷺沢は思った。

 だが二人は突然、ぴたりと動きを止めた。

「ありがとうございます!」

 水野の大きな声が聞こえた。

 ええっ、何があったの? ぜんぜん何も見えなかったよ? 鷺沢は愕然とした。

 全然目が追いつかないうちに勝負が決まったようなのだ。

「ありがとうございました」

 そう静かに言いながら、面を取った佐々木の顔は、まさに刃物のように凜として白く美しかった。

「ほう」

 そういった鷺沢を見つけた佐々木は、すぐに露骨にイヤそうな顔になった。しかたがない。この年頃の女性に好まれるには自分は歳も取ってるし顔も良くない。仕方ないんだ、と鷺沢は諦めているのだが、それでもちょっぴり残念だった。

「なんです?」

 佐々木がそういう。

「いや、そっちの捜査どうなったかな、って」

「刑事みたいに言わないで。あなたたちは一般人なのよ」

 佐々木はそう口をとがらせる。

「先輩、こちらの方は?」

 水野の前垂れの女の子が面を外さないまま聞く。

「ああ。いろいろ頼んでる一般市民」

 佐々木が桜柄の手ぬぐいで汗を拭いながら憮然としていう。

「あ、鷺沢さん、ですね。先輩から伺ってます!」

 そう面を外した水野に、鷺沢は目を奪われた。

「何見てんの」

 佐々木が更にイヤそうに言った。

「だって、すごく、なんというか」

「そういうのじゃないわよ」

 佐々木はそういうと「待ってて。着替えるから、下におりててください。水野、さっきの間合い、よく覚えて。あなたの弱点は足さばきへの反応だから」と続け、水野は「はい!」と元気よく答えた。


「『はい!』ねえ……」

 鷺沢は思い返している。

「いい声だよなあ。いいなあ。いかにも青春って感じだよなあ。ああいうの、ぼく、何年前に失ったんだろ」

 鷺沢はそう思い返しながら下の階の給湯室前で時間を潰していた。

「はい。待たせたわね」

 そこに佐々木が来た。

「ぼく、あんまり剣道知らないんだけど、佐々木さん、県大会で入賞常連だって?」

「ええ。父から稽古してもらいながらずっと続けてるので」

「あ、お香の匂い」

「汗のにおいを緩和しようと思って。ファブリーズでも結構行けるんですけどね。稽古してるとものすごく汗かくから」

「痩せない?」

「ええ。いいダイエットになりますよ」

「なるほどね。で、さっき、どう勝負したの? なんかどこに何があったかサッパリわかんなかった」

「素人に見えるような動きじゃ入賞できません。小手奪うと見せかけて面取ったんですけど、見えませんでした?」

「全然……すごいんだね、佐々木さん」

「今更何言ってるんですか」

 佐々木はそれでもすこし満足そうだった。

「剣道は構えが大事なので姿勢良くなるし、正座も慣れるし、敬意とか尊敬と感謝とか、他のスポーツでは学べない者が多く学べるんです。いいものですよ」

「なるほどねえ」

「先輩! 体育倉庫の鍵借ります!」

 そこに水野がやってきた。


 その水野はなんと、バレーボールのブルマ姿だった。


 鷺沢がそのつややかに露出した健康そうな太ももに思わず目をそらすと、その顔に佐々木の持った書類ホルダーがすぱーんと思いっきり厳しく入った。

「あ、一本!」

 水野がそう判定する中、鷺沢の意識は薄れていった。


「ひでえよ」

 鷺沢は打たれた額をいたわりながら佐々木の執務室でぼやいた。

「女の子を変な目で見るのがいけない。ここは警察ですよ。即座に逮捕されなかっただけ良いと思いなさい。この変態」

「だって、あんな姿で来られたら、そりゃビビるよ」

「ええと、そんなに留置場一泊検察送検ツアーしたいの?」

「それと水野さん、剣道のあとはバレーなの?」

「水野巡査はほんとはバレーのほうが得意なんだけど、私が転勤してきたら、有力者に剣道も習いたいって。それで掛け持ち。ほんと練習熱心な良い子」

「そうなのか」

「で、桜井教授、どうだったの?」

「いい人だったよ。立派な教育者だ。ネットで見るのとは大違い」

「なるほどね。こっちのロボットの開発と運用している企業の捜査、だいたい終わった。とくに不審な者はいなかった。あとはネットにいる連中だけど、それは県警本部のサイバー犯罪対策室に依頼した。でも人数多くてたいへんそう」

「でもマスコミはすっかり話題として面白がってるから、手抜けないよね」

「正直そうなのよね。事件に大きいも小さいもない、っていいたいとこだけど、なんでまた教授、あんなことで被害届なんか出しちゃったのか。それを受けちゃった神奈川署もなにがあったのか、イマイチよくわからない」


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