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第53話 暴行犯は高度警備ロボット?(6)

「じゃああとはネット関係者の捜索か」

「そうね。今は有名人に対して『誹謗中傷をする自由』があると思ってる馬鹿者が少なくないから。みんな民事で絞られた方が良いと思うけど、刑事事件にもなるのよね」

「今みんな、正義に飢えてるからなあ」

 鷺沢はそう嘆いた。

「しかしなんでまた、あの桜井教授が警備ロボットを暴行で訴えたんだろう。もし百歩譲ってエレベーター押し込められたことに腹立てても、それで訴えるんならロボットを管理してる警備会社じゃないかなあ」

「普通そう思いますよね」

「警備ロボットの動作ログはあるでしょ? それ見ればわからない?」

「ところが警備会社、そのログを出し渋ってるの」

「なんでまた。普通さっさと提出するでしょ」

「そこもいまいちはっきりしないのよね。でもまだ家宅捜索って訳にもいかなくて、そこでまた手詰まりしてる」

「めんどくさい事件だなー」

「あなたもそう思う?」

「まあ、なんとなく理由はわかりそうだけどね。教授がプライバシーや情報漏えいでさらに訴えるかもしれない。ロボットの情報ログは警備会社にとっては大事なロボットのノウハウの塊だからそんなもの公開したくない、さらには公開してロボットの行動や判断に疑問符が付いたらせっかく作ったロボットの安全性や信頼性に疑問符が付く。まああんまり進んでやりたくはないかもしれない。とはいえ長引かせてもめんどくさいから、とっとと提出して損切りしちゃえば良いのにね」

「日本の会社組織はそういう判断が苦手かも」

「ありがちだけどね。でもその中に何らかのコンプライアンスでヤバい事項もあるのかな」

 鷺沢は溜息を吐いた。

「幸せ逃げるわよ」

「もう逃げちゃったよ。もともとぼくら氷河期世代、この年になるとつける仕事少なくなってて、警備員ってのも大事な再就職先だったのに、これもロボット使うから要らないってどういうことなの? ほんとぼくら生まれて損しかしてないよほんと。もう異世界もの読みたくなるよ現実がヒドくて」

「まあまあ」

「でも今思ったけど、警備会社、このロボットだけあのマンションの警備に置いてたのかな。普通バックアップに人間の警備員も置いておかないかな」

「警備会社はそれも警備体制を公開するのはセキュリティとして問題が多いのでまだ提出できない、って」

「警備会社もやたら非協力的だなあ。まるで警備ロボットに全部責任押しつけて、そこで処分してこの件をおわりにしたいのかな」

「でも警備ロボットに処分、って。ロボットが懲役や罰金を払えるわけでもないのに。実質的には警備会社が代わってやるのが普通よね」

「なんかヘンテコな事件だなあ、ほんと」

「強制的にログとか資料提出させたほうがいいのかな。地検の検事に捜索令状出してもらった方が良いのかも」

「でも地検の検事もなんだかなあと思うだろうね。きっかけがきっかけなのにこんなことで国家権力使って警備会社の通常業務妨害しちゃうわけでしょ。警備会社も弁護士使って不服申し立てすると思うよ。それこそ更にめんどくさい」

「みんなこの件はそうね……」

「でも警備会社の中でもいろいろあるのかな。相手が桜井教授だから、って嫌がってる人もいるだろうし。ロボット開発の現場はロボットがやってるわけじゃなくて人間だからね。そのなかに桜井教授を嫌がってる人間がいたとしても何の不思議はない。むしろそういう人が桜井教授の家を知っちゃって、それに対してロボットになにか細工したと思えば」

「スキャンダルになるわねたしかに。警備会社としては警備の信頼を著しく失ってしまう」

「もしかするとそれかな。それだと警備会社、いろいろいやがるよね」

「たしかに」

 佐々木は同意する。

「だけどさ、正直、そろそろこの件の着地考えた方が良くない? これ、まともに受けて警備ロボットを起訴するなんて、やる?」

「それこそ非常識だし問題も多いわね」

「かといって警備会社を追及する?」

「警備会社には警察OBが多い。その上弁護士まで相手にした追及がめんどくさいわね」

「他の犯人捜す?」

「ウェブにいる有象無象の連中調べるのもたいへんだし、他の関係者洗い出すのももうだいたい不審そうなのは調べ尽くしちゃったのよね」

「てことは、ぶっちゃけると、一番良いのは桜井教授に被害届取り下げてもらうのがよくない?」

「なにぶっちゃけてるんですか。いくらなんでもぶっちゃけすぎです!!」

 佐々木は怒った。

「でもさ、それが一番現実的じゃない? だって教授、ケガもしてないし、行きたくない階へのエレベータに押し込まれたって言ったって、あのロボット、マニピュレーターもないただの『移動式お地蔵サン』だよ? それに暴行されたって言うほうがよっぽど非常識じゃない?」

「そうだけど、相手はあの論客・桜井教授よ。簡単にそう引っ込めるとは思えない。それにどうやって?」

「そりゃそうだけど……」

「それに誰がその説得を?」

 鷺沢が佐々木を見る。

「私がやるの?」

「というか佐々木さん、今回全然何もしてないじゃないですか」

「私は忙しいの!」

「剣道の練習で?」

「違うわよ!」

 佐々木は怒った。

「じゃあ、ちょっとお願いできるかな……」

「何を」

「いや、ぼくと一緒に教授とお茶しない? って」

「キモっ」

 佐々木がそういやがる。

「でもそうしないとぜんぜん解決しないよ。いつまでもこの件グダグダやってどうすんの。佐々木さんも損切り考えようよ。それにそう何回も行かなくて良いようにするから」

「本当?」

「だってぼくは民間人よ? 警察官の立ち会いもなくいろいろやるのはトラブル拡大しちゃうでしょ。そうなったらそれ促した佐々木さんも」

「私を脅すの!?」

「そうじゃないけど、協力しましょう、って。こういうことだから」

「もう! そうやっていつも私ヒドい目に!」

「でもそれでいろいろ解決してきたじゃない」

 そういう鷺沢の視線の先には、この前の戦闘機事件の日付で書かれた『感状』がかざられていた。警察内で功績を認められたときにもらえる賞状である。

「もうっ!」

 佐々木は不愉快そうにいう。

「じゃあ、どこで会うことにするの?」


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