「そこで佐々木さんまた登場ですか。今度は何押しつけられたんですか」
「佐々木さん毎回可哀想」
子ども食堂『マジックパッシュ』で四十八願と鷺沢がそう口々にいう。
「なんだかあなたたち、私をバカにしてるでしょ」
「そんなことないですよ。やだなー」
佐々木はちょっと暗い顔になった。
「どうしました?」
「今回の爆破事件、ウチの県警どころか警察庁も含めて、ちょい頭抱えてる」
「なんで? 爆破予告来てたんでしょ? 今の電話の逆探知システムは昔よりもっと進んでるから、あっという間にわかったんじゃ?」
「そう。本来ならそうだった。今は逆探知、通信会社と連携して履歴からの追跡も可能になってる。コンプライアンス的におおっぴらには言えないけど、今回もそれを使っての追跡が行われた」
「それなのに?」
「それが、おかしいのよ」
佐々木が資料を見せた。
「今は電話の音声はデジタル化して電話局同士と末端機器のあいだでやりとりされてるけど、音声の波形をただデジタル化してるわけではなくて、いくつかのアルゴリズムで符号化し圧縮してデータ量を減らす処理をしている。そのときに端末情報のコードも追加される。そのコードは各電話局にログが残るのであとからでも逆探知は可能。でも」
「でも?」
「そのコードを削除してしまう処理が出来る中継局がいくつかある。意図的なものではなく技術的にそうせざるを得ないんだけども、この中継局はおかしいのよ」
「おかしいおかしいって何が」
「それが、照会しても『未知の中継施設』としか電話会社が答えないの」
「……なんでまた」
「警察が調べてるのにその答えってのはなんでしょうね」
佐々木はうなずいた。
「おかしいでしょ? そのせいで私たちの捜査は行き詰まってる」
「もう行き詰まったんですか。早いなあ」
鷺沢があきれる。
「なんか『即墜ち2コママンガ』みたいですよね」
四十八願が言う。
「四十八願、そういうの言っちゃダメだよ。君、女の子でしょ!」
「女だからって事はないと思いますよ」
見ると四十八願のパソコンデスクの近くの本棚に桜井教授の著書がある。
「そうか、読んだのか」
「いろいろ良いこと書いてありましたよ」
「なんかイヤな予感するなあ。それはそうと、その未知の中継施設ってなんだろう」
四十八願の目が一瞬ゆらっと妖しく光った。
「多分、電話会社が管理してない中継局なんでしょうね」
「そんなの、あるの?」
「ふつうは電気通信事業者である電話会社が全部やるんです。本来なら存在しないはずですが、いくつかそうじゃない施設の噂を聞いたことがあります」
「なんだろう」
「たとえば自衛隊」
「あ、そか! でも自衛隊のレーダーサイト情報もNTT回線で送信されてるはずじゃ」
「普通はそうです。でも自衛隊も有事に備えてごく少数ですが運用してると聞いたことがあります」
「佐々木さん、それ? それなら自衛隊監察の藤原3佐に」
「いえ、それはもう調べたんです。でもそれじゃない」
「なんだそうじゃないのか」
「あとは……なんだろう」
「それが……内閣もその施設を運用しているらしくて」
佐々木の言葉に全員が黙り込む。
「なんでまた。総務省が直々にやってるとかでなくて」
「そう。調べたら『内閣情報収集センター』だった」
「何それ」
鷺沢が意外な言葉に声を上げる。
「もしかすると、情報収集衛星ですか?」
「そうなのよ。内閣も有事対応でNTTなどの電話会社とは別にこっそり施設を持っている。施設間はNTTだけど施設は内閣持ち。自衛隊の特殊通信施設と同じ。鹿児島県阿久根市と北海道苫小牧にある南北受信管制局に茨城県行方の副センター、そして新宿市ヶ谷の内閣衛星情報収集センターにはそれぞれNTT管理外の施設がある」
「あれ、市ヶ谷って、防衛省……」
「情報収集センターは防衛省庁舎群の裏側にある別の建物」
佐々木が言う。
「行ってきたんだ」
「ええ。捜査にいったんだけど、ほとんど答えてくれなかった」
「壁高いなあ」
その佐々木と鷺沢の視線が四十八願に向いた。
「えっ、私、それも調べるの?」
「他に誰かいる?」
「そうですけど……これ、何か報酬、ありますよね」
「ああ。それなら」
今度は四十八願と鷺沢の目が佐々木に向く。
「えっ、今度は私?」
「6月頃に寝台特急『サンライズ出雲』乗りたいなと思ってて」
四十八願が言う。
「いいね。6月といったら伯備線の緑も綺麗だろうし」
「パワースポットの出雲大社に行きたいなー」
「でもその切符の手配は?」
四十八願と佐々木の目が鷺沢に向く。
「はいはい、わかりましたよ。5489(JR西日本の予約サイト)で10時打ちするから。佐々木さんのカード借りるけど」
「ほんと、もう、しかたないなー」
3人の声がそろった。
「じゃ、調べます。けど、多分この声、人間じゃないっぽいなー」
「どういうこと?」
「どうもクセがあるんですよね。音声合成じゃないかなあ。初音ミク以来、今技術はどんどん進んでいるんですけど、まだ独特の妙さがあるんですよね」
四十八願が不審げに聞いている。
「人間じゃないのか……」
「まあ、普通はそれを仕込んだのは人間なんですけどね。今の深層学習使ってるモデルでも全ての発声を模擬できないんです。ほかにもピッチやホルマント周波数成分が設定によっては自然な範囲を超えてしまうとか、イントネーションの再現に限界があったり。それを『調教』っていって調整する人もいる。ディープフェイクなんていうフェイクニュースに使うにしてもそういう合成臭さは消しきれない。しかも多分これ、私の予想だとこの声だけでなく、声にしゃべらせてるのも人間じゃないかも」
「人間じゃないって? まさか」