「やっぱりロケハンは楽しいです!」
四十八願が張りのある声で喜んでいる。ここは東急田園都市線・南町田グランベリーパーク駅。ショピングモールに併設された再開発駅で、コンベンションに向けて作っている鉄道模型ジオラマの架空の未来駅のための取材にきているのだ。
「普段屋内でずっとこもって仕事してるから、お出かけほんと楽しい!」
夏空のもとの四十八願の喜色満面さにみんなつい微笑んでしまう。
「こういう高架下の処理とか、意外とわかんないんだよね」
鷺沢もケータイで駅のあちこちの写真を撮っている。
「これが終わったらケンタッキーの食べ放題ですわね」
「晴山さん意外と『食べる人』だもんね」
「というか!」
そんななか、佐々木があきれている。
「なんで私、こんなのにつきあってるのか、イミわかんない!!」
「そりゃ、ぼくら仲間だし」
「そんな覚えはないです!」
「でもケンタッキー食べ放題、いきたいでしょ?」
「うっ」
佐々木は言葉に詰まる。
「佐々木さん、剣道でどんどん消費するから同じく『食べる人』だってのはリサーチ済みです」
四十八願が言う。
「もうちょっとディテール観察したら、駅を出てケンタッキーに並びますわよ」
晴山が時計を見ている。
「この駅の大階段、再現したいよね。LEDで東急がつくった『のるるん』のアニメとか映ってるのはいかにも未来的で。でもどうやったら再現できるかなあ」
「これも東急電鉄の創立100周年記念で作ったものだそうです。透明レジンで階段を3Dプリントして、その背後にSIMなしの廃品スマホの画面を置いてみたらそれっぽく見えませんか?」
「うーん、それはいけそうだけど、とりあえず試作実験してみないとなあ」
鷺沢と四十八願が熱心に話し込んでいる。
「あなたたち、こんな熱心に鉄道模型作ってコンベンションに出展して、なにかいいことあるの?」
佐々木が言う。
「え」
「いや、年に一度で全国の鉄道模型ファンといっしょに楽しめる貴重な機会だから」
「えっ、賞金ないの?」
「ないよ」
「じゃあ、表彰とか」
「ないです」
「じゃあ、出展費用は」
「僕らが払います」
佐々木はあきれている。
「じゃあ一方的に払うばっかりじゃない」
「そういうもんだと思ってたけど」
「疑問感じたことないです」
「私も」
「……理解不能」
佐々木はそうつぶやいたそのときだった。
「ヨイナラさん!」
声がかかった。
「はい?」
四十八願が無邪気に答える瞬間、なにかが鋭くはじけた。
「面!」
佐々木の鋭い鬨の声と同時に卒倒する男、それにいつの間にか手にしたデッキブラシを鋭く突きつけている佐々木。
「ええっ」
「警察です! 動かないで! 鷺沢さん、110番して!」
その男の手からこぼれた冷たく光るものは……刃物!!
誰ともなく悲鳴が上がった。鷺沢と晴山がそれでも身体を使って四十八願を逃がす。
一瞬の早業で佐々木のデッキブラシの面打ちが襲ってきた男を迎え撃ち、倒したのだった。
駅員が慌ててサスマタを持ってやってくるが、それ以上にデッキブラシで面を痛打したあとの佐々木の気迫が完全に男を圧倒していた。
男はデッキブラシを突きつける佐々木をもう一度見て不敵にギラリとした目つきで笑うと、天を仰いだ。
*
「やれやれ、ケンタッキー食べ放題がなくなっちゃいましたよ」
「でも四十八願さんが狙われるとは」
晴山が溜息をつく。
「よかったよ。佐々木さん誘っといて。いいボディーガードになってくれた」
「えっ、鷺沢さんこれを見越して?」
「まさか。薄々ヤバいなと思ってたから佐々木さんもきてくれたら安心だな、と思ったぐらい。ホントに殺し屋がくるってのは想像はしても、そこまで具体的じゃない」
「でもこれからは四十八願さん、自由にコンビニにふらっと買い物にも行けないですわね」
四十八願はまだカタカタと震えている。
すると、それにふっと佐々木が寄り添い、ハグした。
「佐々木さん?」
「怖いのは当たり前。だって四十八願さん、あんなに知識あってもまだ未成年なんだもの」
四十八願が佐々木にしがみついている。
「時々忘れそうになるけどね」
そしてみんな黙り込んだ。
「え、どうしたの?」
佐々木が気づく。
「いや、佐々木さん、そんな優しい顔すること出来るんだな、って」
鷺沢が言う。
「ええっ、私、これまでそんなヒドかった?」
みんな微笑んでみている。
「自覚、無かったのか……」
「それはあなたたちが常識的にいろいろとおかしいから! だからいつもキツい顔する羽目になってたの!」
佐々木は慌てる。
「あー」
「うっ、なに変な顔で見てるの、キモっ」
「照れ隠しにキモイ言わないでください」
言われた佐々木の顔は真っ赤だ。
「でも四十八願のディフェンス、なんとかしないとなあ」
「それなら大丈夫」
声が別に入った。
「橘さん!」
「佐々木さんと俺で守るよ。警察にもお願いできれば大丈夫だ」
榊の声はいつもよりも太く頼もしく聞こえる。
「所轄の制服警官にも重点的に巡回させます」
佐々木が言う。
「襲ってきた男は公安部で取り調べてるけど、黙秘してるみたい」
「そりゃそうだろうなあ。簡単には口割らないだろうね」
「でもおそらくカラハン共和国の手のものでしょう」
「いきなり物理攻撃か。さすが手荒いなあ」
「でも」
四十八願がそこで口を開いた。
「こういうことする奴、私は絶対許さない」
みんながその口元を見つめる。
「HPが虚数になるまでオーバーキルしてやる」
四十八願はさっきまでか弱い草食動物のような眼だったのに、今はその瞳がチェレンコフ光のように青白くまがまがしく燃え輝いている。
「ぜったいゆるさん」