それから四十八願はPCにずっと向かっている。
「四十八願さん、そろそろなにかお飲み物をお召しになっては……」
晴山が気遣うと、四十八願はようやく気づいてさしだされたマグカップを受け取った。
でも受け取るとまたPCに向かって声も出さない。
「この状態で4日目ですよ、これ」
「四十八願、過集中のゾーンに入ってるんだな」
「心配ですわ。四十八願さん、すばらしい力を持ってらっしゃるけど、ここまでやってはお体も心配です」
「まあ、大丈夫だ、と思いたい」
四十八願はPCのキーボードを少し触ると、液晶タブレットにペンを走らせる。
そして少し考えたあと、またキーボードに触る。
「キーを叩きまくるんじゃ無いんだよね、こういうとき。でもこうして屋内で作業してくれてて助かる。外をうろちょろすると危ない。でもこのマジックパッシュは正直、ソフトターゲットも良いところだからなあ」
「ここは子ども食堂ですからね。通ってくる子どもたちが心配ですわ」
「ここは警察さんにお願いするしか無い。橘はボディーガードとしては優秀でも警察力に代わるものではないからなあ」
そこでインターホンが鳴った。
「佐々木さんが来た」
*
「警備のために子ども食堂を閉鎖してほしい?」
佐々木の持ってきた要請に、みんな沈鬱な空気になった。
「しかたないよなあ。たしかに」
「暴力を振るう野蛮な人間を相手にするんですから仕方ないですね。すぐ食事用意するおばさまがたと相手してくれてるボランティアの大学生と親御さんたちに連絡します」
晴山が連絡のためのスマホをとる。
「その野蛮な連中が政府機関だもんなあ。守るこっちもたまらんよね」
「ほんとそうですわ。そのカラハンって国、まだよくわからないのですが」
鷺沢がメモを取ったスマホを見ながらホワイトボードに向かった。
「カラハン共和国、名目上は大統領制の共和国だけど、アリフ・カラハンは国家元首、政府首班、軍の最高司令官を全て兼ねてて三権分立は存在しない。大統領の任期も権限にも制限はないし、議会の議員は大統領の任命制。野党や反対派は弾圧か逮捕、そうでなければ暗殺の対象になる。自由な選挙や言論は存在しない」
「なんかドラマ・暴れん坊将軍の江戸幕府みたいですね」
「そう。正直封建制に近いと思う。少数民族も弾圧され、強制労働や強制移住の人権侵害で国連や民間機関から問題視されてる。4月1日がカラハンの日とされてるけど、それはアリフ・カラハンがクーデターでそれまでのカラハン民族連合会議から権力を奪った日。その日は大統領の演説を聴き、大統領の肖像画や旗を掲げたパレードをする」
「我が国の隣のヤバい国そっくり」
「これで国連から制裁受けてないのはウランや金や希少金属の宝庫だからだろうなあ」
「国民が可哀想ですわ」
「でも国民はそれが悲惨だという自覚すら持てないらしい」
「ひどい」
「それでもアリフは一応、国家元首だ。国際社会が逮捕したり元首から引きずり下ろすなんてことはできない。やるとしたら戦争になってしまう」
「それでつらい目に遭うのは国民。元首は逃げ隠れも出来るしなんなら財産で海外に亡命も出来る、ってわけですね」
「アリフには当然のごとく不正蓄財の噂もあるけど、それを調べる警察も司法もアリフが牛耳ってるからなあ」
「この世の地獄って、本当にあるんですね」
晴山はそうつぶやいた。
「この写真」
その次に鷺沢がプリントアウトを見せた。山岳地帯に咲く花畑とそこで遊ぶ子どもたちの写真だ。
「きれい」
「この赤い花はカラハンローズの自生地だ。花言葉は『勇気』」
「そうなんですか」
「カラハン共和国の国花なんだ」
「子どもたちの笑顔がまた良いですね。でも国がそれでは」
「そう。なんとも残酷なこの世の地獄だ。花言葉まで皮肉に聞こえてくるよ」
「悲しくなります」
「で、佐々木さん、大倉参与はどう言ってるの?」
「あんまり多くは教えてくれないけど、一つ言ってることがあって。勇気を忘れたらこの世はこの地上のどこでもカラハンと同じになる、って」
「そうかもしれないけど、勇気、か……」
そのとき、PCの前に四十八願が振り返って叫んだ。
「国家元首ってなんで逮捕できないんですか。なぜ国家元首を逮捕しようとするとすぐ戦争になっちゃうんですか!」
「ええっ」
「私にはさっぱりわかんないです。国家元首なら何やっても許されるんですか!」
「そりゃそうだけど、常識的に言って」
「常識? それ、いつ誰がそんなこと決めたんですか?!」
「……たしかに」
「今こんなこという私、バカなのかもしれない。でもおかしいと思うことはおかしいし、それが本当におかしくないならおかしくないって理由を理解したい」
四十八願は更に言う。
「バカって言われたくないからって、よく理解もしないのにすぐ好きだの嫌いだのフワフワダラダラ話してごまかしてヘラヘラ笑ってるのは大嫌いなんです!」
四十八願の目が燃えている。
「なるほどね。ちょっと僕らもそこ弱点だったかも」
「こういうところ、四十八願さんのいいところですね」
「もしかすると大倉参与が考えてるのも、そこかも知れない」
鷺沢がそううなずく。
「アリフ・カラハンを逮捕する方法ですか」
「かもね。でもめちゃくちゃ非常識で難しいと思う」
「そうですよね……」
「これまで歴史上、そうなった元首はいないからね」
鷺沢はそう言った後、言い直した。
「でも、だからといってこれから未来永劫それがありえないって言い切ることも出来ないと思う。掘り下げて理解すれば、何か答えが出るはず」