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第87話 逮捕者は国家元首?(7) 

「ただ、総理もそういうことになるとは思ってなかったと思う」

「どういうことです?」

 鷺沢はネットニュースを確認した。

「やっぱり」

「え」

「総理一行、中央アジアのあと、東南アジアに行くって言ってたよね」

「ええ」

「東南アジア、行く国はカンボジアだった」

「どういうことです」

「カンボジアはずっと昔に日本がPKOで犠牲者出しながらもその内戦からの復興に協力した国だ。国際的にもいろんな国が協力してる。でも日本人は余り関心持ってないかもだけど、立憲君主制のカンボジア、世界で5番目に汚職が多く、司法制度も独立してない。ネット検閲もあるし、人権問題もよくない。野党政治家や人権活動家の弾圧もある。

治安も良くない。内戦のときの地雷も多く残っている」

「問題だらけじゃないですか」

「うん。とても日本の総理が気楽に行ける国じゃない。でも総理は行くんだ。大事なモノのために」

「どういうことです?」

「カンボジア、そんな国なんだけどね、それでも一つ、アメリカも中国もインドもやってないことをやってるの」

「なんでしょうか」

「意外なんだけど、それはね」



 カンボジアの首都、プノンペン。

「アンコールワットの朝日はすごいとききます」

「カンボジアがASEAN議長国だったときに見たよ」

 総理は開港したばかりの新プノンペン国際空港へのアプローチに入った政府専用機B777-300ER「Japanese Air Force 001」の席に座っている。

「このレポは彼らが作ったのか?」

 総理はiPadでレポートを読んでいた。そのレポートにはマジックパッシュのサインがある。

「はい」

「子ども食堂のかたわら犯罪捜査NPOか。我が国のいまはこうなんだな」

 総理補佐官が頭を下げる。

「彼らには彼らの、我々には我々の得意とすることとなすべき本来の仕事があります」

「適材適所、というわけだな」

「ええ。いささか忸怩たる思いもあります」

「そうだな。本来は正規雇用の我々が行うべき事も多い。そこはいずれ考えねばな」

 総理はうなずいた。

「我々にバトンが渡された。やるしかない」



「ええええっ!!」

 速報に四十八願はびっくりしている。

「アリフ・カラハンが逮捕された? それもカンボジアで!?」

「しかも逮捕したのは総理?!」

「めちゃくちゃです!」


 カラハン共和国大統領は森下総理と同席したところで、総理を護衛していた警視庁SPによってICC国際刑事裁判所の逮捕状により逮捕されました。この異例の逮捕状執行はカンボジア政府が認め、極秘で準備していたものです。大統領の身柄は日本に送られた後、国際刑事裁判所のあるオランダにうつされる模様です。またカラハン共和国では大統領逮捕を受け、副大統領ナジフ・カラハン氏が大統領代行に即時就任しました。


「私人逮捕のYouTuberみたいだ」

「でも総理はYouTuberじゃないですよ」

「そりゃそうだ」

「でも、いいんですか」

 鷺沢はうなずいた。

「これが勇気ってことだよ」

 四十八願も晴山も怪訝な顔になっている。

「でもこれで解決できたみたい」

 佐々木がやってきた。

「佐々木さんはこのこと知ってました?」

「まさか。私は大倉参与の命を受けてここの警備にあたってただけ。まさか総理が他国の元首を逮捕しちゃうなんて想像もしなかった。驚くなんてもんじゃないわよ」

「でも、中国も予想してなかったと思うよ。まさか総理がゲームチェンジャーそのものになるとはね」

「というか、カンボジアって」

「いろいろあるけどね、カンボジア、国際刑事裁判所のローマ規程批准国なんだ」

「そんな」

「アリフ・カラハンもそれをなめてかかったんだろう。カラハン共和国は中国にもロシアにも近い国だからね。空港にあったグロナスシステムの指揮アンテナ、あれはこっそりロシアと中国がグロナスシステムの運営で協力する拠点だったんだろう。それぐらい仲の良い国だ。カンボジアごとき、と思ったんだろう。だけどカンボジアにも尊重すべき主権はある。そのうえでカンボジアはASEANの議長国もやった。ASEANとして中国にもアメリカにもロシアにもなめられるわけにはいかない。むしろ今、各勢力が必死に覇権争いしてる中で立ち回りをうまくやることが求められる。そのなかで日本はカンボジアにこっそり働きかけたんだろうね。国際刑事裁判所の逮捕状執行について」

「カンボジアの意地を見せたんですね」

「そう。カラハンだけで無く、アメリカも中国にも対抗する意地だ。立派なもんだ」

 鷺沢は腕を組んだ。

「でもなぜ? 日本にはほかに対抗すべき国もあるのに」

「だからだよ。外相が『法の支配』を強調したのはこのため。これはサッカーで言えばオフサイドラインをグッと上げるゾーンプレスみたいなもの。これで北朝鮮も中国もロシアも、どんな小さな国相手でも恫喝すれば国際刑事裁判所と国際法によって手痛いことに合わされることになる。もちろんそれ一つだけでは影響されないけど、でもウカツにノコノコあちこちクビを突っ込めなくなった」

「ということは、中国も台湾に」

「中国が本当にやる気ならなにがなんでもやると思うよ。ただ、それで失うモノがこれで増えた。国際社会に背を向けるには中国は手広く商売を広げすぎてる。中国共産党は世界を敵に回しても別の世界があるから平気と思ってるだろうけど、中国企業はたまらないよ。そしてそれは共産党をじわじわと追い詰める。その要素が増えた。それに指導者が気づくか。気づかないとしても、その下は『この指導者だとヤバい』と思うだろう。意思決定がそれで変わってくれれば良いんだけども」



「アリフさん」

 総理が専用機内で逮捕したアリフに話した。

「ナジフ氏はあなたが逮捕されずに帰国したらそのままクーデターを起こしてあなたを幽閉する準備をしていたようです。我が国の情報衛星もその動きをつかんでいます」

 アリフは不敵な笑みで応えた。

「命だけは長らえましたね。でも人道の裁きを受けることになる」

 アリフは総理に応えた。

「あなたも明日は我が身だ」

 通訳がそれを総理に伝えた。

「我が国と貴国は違うのですが、私はそう思う謙虚さはもっていますよ。だからここにいる」

 総理はそう答えた。


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