「『大砲に装填しちまった砲弾』これでもまだ抜いてくれないわけだ」
市ヶ谷の庁舎地下、薄暗い分析室で情報衛星の情報分析班の係官が声を漏らした。
「中国も必死だ。台湾の選挙も全く思うように行かなかったからな。最後にまさか息かけてた野党党首が思いっきり自滅発言するとは思いもよらなかっただろうし、予想以上に台湾から嫌われてることも気づいてなかったんだろう。そして習近平のスキャンダルも出始めている。今は必死に抑えていても露見すれば失脚が近づく。その起死回生で一か八かで撃っちまうかもしれない」
「なんともなあ」
「台湾侵攻、やるかやらないか。どう考えてもここ数日が山だろう」
「自衛艦隊も空自も即応体制をひそかに取ってる。でもうちの上の連中にいい打つ手があれば良いんだが。どんなウソの平和でもリアルな戦争よりずっとマシだ」
「そのための材料を送るのが俺たちだ。あとは、祈るしかない」
「祈る、か」
「今はどこも余裕がない。ウクライナを中途半端な和平で終わらせようって話も出てるからな。このままだと下手すりゃ米軍は最悪3正面作戦を迫られる」
「たまんないよな。あんなひどい侵略されても我慢しろ、って」
「だからプーチンに逮捕状が出たけど、でも今回みたいな逮捕は出来ないだろう。プーチンのやつ、まだリモート参加でなんとか国際会議への参加やるみたいだし」
「ほんとクソだな。嫌われてたのにさらに開き直るとは」
「そういう国家元首同士で仲良くやるみたいだ。最悪だ。世界が更に分裂してしまった」
*
「ビッグサイトの鉄道模型コンベンション、本番近づいてきましたね。間に合うかなあ」
そういいながら四十八願は2台並んだ光造形方式の3Dプリンタをチラチラ見ている。ちょうど整形作業中なのだ。赤いアクリルのケースの中で金属製の造形台が灰色のレジンを張ったタンクに潜っては浮かびを繰り返している。タンクの底のUV液晶の光を受けて固まったレジンの層が造形台からぶら下がるようにして形になっていくのだ。
「3Dプリンタ、素晴らしい造形がいくつも作れるのは良いのですが、結構時間かかりますわねえ」
「でも2台あるから2倍速ですよ。やっぱり佐々木さん資金で増備して正解でした。もう1台欲しいなあ」
「でももう置き場所がありませんわ」
四十八願は3DCADでプリントする鉄道模型用のRAWIEの車止めを設計している。
「手でこういう精密なのが作れればいいんだけど、さすがに無理ですわねえ」
「鷺沢さんの古い友人さんはそういうの作れたみたいなんですけど、同じモノを2つ3つは作れなかったって。でもその人の貼った機関車の装飾の金ラインのインレタ、素晴らしい水平がでててしびれました」
「そういう人もいらっしゃるのですわねえ」
「いつのまにか海老名にRAWIEの車止め置いてあるのにはビックリしました」
「今流行ですわねえ。シンプルだけど確実に暴走車両を止められるのが動画でアップされてましたものねえ」
「上野東京ラインが東京駅までしか通ってなかったときの終端もこれだった。今は撤去されて上野までつながったけど」
「ジオラマのフレームの外に向けて伸ばした留置線を延長してそこにこれ置くのはアイディア賞ものですわ。ただの留置線より車両がよく見えるし、それでいて留置線として使える。その上の立体交差も併せてまた良い見せ場になりました。さすが四十八願さん、創造力に優れてますわ」
「それほどでもー」
四十八願は照れる。
「それも鷺沢さんがレイアウトこの出展直前に来て変更しよう! なんていうからですよ。ほんと遅すぎる。この時期にこんなことじゃ間に合わないのになあ」
マジックパッシュの外は蝉時雨の暴力的な日差しの7月である。
「でも中国の複数の空港の閉鎖って本当ですか?」
流しっぱなしのウェブ動画ニュースに四十八願が言う。
「そうみたいです。また変なウイルスでも流行ったのかな」
晴山が言う。
「またコロナかな? いやだなあ」
「もっとやっかいなのもいやですわ」
「そうですね。まだまだいろんな感染症があるらしいですよね。世の中ほんとどうかしてる。中東の紅海航行タンカーへの妨害も続いているし」
「米英のものすごい報復空爆があったのにまだ妨害終わりませんわね」
「あ、アリエク(AliExpress.com)で注文した模型用の電子部品、到着が遅れるって通知が来てる。こまったなあ、それないと出展の作品めんどくさくなっちゃうのに」
「これもまたですわねえ。中国の製品、安くてそのうえ少し質も上がって良かったのに。そういえば中国で仕事して暮らしてた親戚も日本に戻るって言ってました。賃金未払いがひどくて」
「外国人に見栄もはれなくなったって、中国経済はいよいよ危ないのかなあ」
そのとき、四十八願が気づいた。
「あれ、鷺沢さん、今日はここに来ないの? なんだろう。おかしいなあ」
「さあ? 今やってる高校生鉄道模型コンテストに偵察に行ってるんじゃない? あの人、そういう他の人の工作もちゃんと見る人だから」
「私たちコンベンション出展チームのリーダーですものね」
「案外そういうところでリーダーシップ出したりするんですよね」
「ですわねえ。出展の日に現地キャンプにする宿手配してくれたり。そういうとこ頼りになりますわねえ」
「それは鷺沢さんに直接言いましょうよ。鷺沢さんああみえて寂しがり屋だし」
「え、それは、ちょっと」
顔を赤くする晴山。
「なんですかそれ」
くすくすと笑う四十八願。
「晴山さん、もしかしたら」
「まさか。それはないですわよ」
二人は笑っている。
だが、このマジックパッシュの二人も、佐々木刑事も石田刑事も、今、鷺沢が陥っている前代未聞の恐ろしい運命に、まだ少しも気づいていなかったのである。