いつものマジックパッシュのPCルーム。みんなは間近に迫ったビッグサイトでの模型コンベンションへの模型出展準備に忙しい。
そこに突然四十八願のケータイが鳴った。
作業を止めてそれに出る彼女の表情が変わる。
「鷺沢さんが」
「え」
蒼白な顔の四十八願に晴山とたまたま来ていた佐々木が振り向く。
「危篤状態だそうです」
「ええっ、なんで? 交通事故とかなの?」
「いいえ、湘南大学病院のなかで事故が起きたって」
「病院のなかで? なんで!?」
「どうもよくわからないんですけど」
佐々木がうなずいた。
「行きましょう。車だします」
*
佐々木の運転する覆面パトカーに四十八願と晴山が乗る。
「石田さんは病院で合流するって」
車内は重苦しい空気に包まれていた。
「鷺沢さん、病気のデパート状態だって笑ってたけど、なんでこんな」
「行けばわかるでしょう」
「そうですね……どうも病院の人も言いにくそうにしてたのが気になりますが」
「なんでしょう」
「わからない。ともかく行きましょう」
そのとき、道路信号が赤になった。車を止めながら思わず舌打ちする佐々木。
「緊急走行はできないんですか。これ、パトカーですよね」
「規程でこういうのにはできないのよ」
佐々木はイラッとした声で答えた。
「鷺沢さん、大丈夫かな」
「大丈夫ですよ。鷺沢さん、運悪いって度々言ってるけど、でも致命的なときの運はめちゃ強いんです。だから誤解されちゃうけど」
四十八願が言う。
「だといいんだけど」
*
病院についた。この湘南大学医学部附属病院はドクターヘリの発着場もそなえ、救命救急センターや先端医療研究で地域だけでなく日本全国に名の轟く大病院である。
そのエントランスで聞くとすぐに鷺沢のいるのはこの一般の外来診療施設と入院施設のある1号館ではなく、隣の2号館5階といわれ、ゲストパスを渡され職員のエスコートで外来患者とは全く別のその2号館入口に案内された。入り口には警備員とセキュリティゲートがあり、パスをタッチしないと出入りできないようになっていた。なぜこんな厳重なのかと思ったが、どうやらこの7階建ての2号館の2階より上は地下1階と1階のようなただの病棟ではなく研究施設であるようだ。それもさまざまな秘密や守秘義務の関わる施設なのだろう。
思わず四十八願と晴山は佐々木の顔を見ていた。佐々木の顔もこわばっている。
そして5階502研究室についた。ここでもセキュリティがあって、パスをタッチしてそれを解除し、スチールのドアを開ける。
中の部屋はPCが並ぶ研究室があり、その向こうの黄色がかった壁一面のガラス窓の向こうに、白い肌の大きなMRIやCTスキャナといった大型医療機器をさらに大きく複雑にしたような機械があり、それがかすかなじいいいという動作音を上げていた。その機械のボディには『SuperMEG』というロゴがあり、そのガラス窓には『危険・強磁場発生装置』の黄色に黒字の警告表示がいくつもあった。
そして傍らの白衣の女性がなにかPCを操作すると、その機械が動き、その中に頭をすっぽり覆われた男の身体が見えた。入院患者のための服を着ていて誰かは分からなかったが、その女性が示すモニターに、その機械の中の男の頭部がカメラ映像で表示されている。
「鷺沢さん!」
思わず佐々木が口にした。
「どういうことです?」
白衣の女性が口を開いた。
「この研究室をやっている
「現在どういう状態です?」
「鷺沢さんは……ご存知ないのも当然と思われますが、脳の反応が非常に落ちていて、現在この装置がそれにスパイク磁気刺激を継続してかろうじて維持しています」
「それが止まったら」
「脳に深刻なダメージが起こり、おそらく重度の脳死状態に」
「そんな」
「でもなんでこうなったんです? そもそもこんな装置、見たことも聞いたことありません」
「そうですよね。この装置はSuperMEG、非侵襲双方向磁気刺激インターフェース装置と言って、まだ研究開発中の最新鋭のものです。強力な磁気を使って頭蓋骨などをそのままにして手術無しに脳の思考を読み取ったり、逆に書き込んだりする装置なんです」
「いつの間にそんなものが」
「ご存じなくて当然です。まだこの機械のことは論文にも全く発表していません。まして一般で読めるメディアにも掲載されたことはないです。技術的にも医療倫理的にも課題が多くてその段階ではないのです」
「めちゃくちゃ危険じゃないですか。そんなものを何故」
「某国で同じような機械が開発中で、日本としてもその対抗上作らざるを得なかったんです。なにしろ彼の国では政治犯などに対してこの機械による拷問や人体実験が多数行われています。この機械でのそういう脳操作の結果起きた脳障害は通常の医療では治療不可能なのです。この装置でその操作の解除を行うしかのぞみがないのです」
「だからといって鷺沢さんをそんな危険な機械に入れていいわけがないです!」
四十八願は感情的になった。
「この機械に入りたいといったのは鷺沢さんです。それもとある人を救うために」
「え、どういうことですか」
「鷺沢さんの元奥さんを救うためです。彼女は某国を旅行しているときにスパイと間違えられて誤認逮捕されました。その後日本に送還されたのですが、未知の脳疾患の疑いがありこの病院で入院しています。そしてこれに似た機械での脳操作の可能性がありまして。その解除にはこの機械に別の誰かが入ってその脳を使う必要がありました。しかし彼女も彼もその結果、こういう状態になっています」
「医療事故じゃないですか!」
「責任は私にあります」
それを聞いて四十八願の感情が爆発した。
「鷺沢さんを返してください!」
激して叫ぶ彼女を晴山と佐々木が止めるが、その佐々木も言った。
「この事故、あとで警察として捜査することになるでしょう。でもその前に鷺沢さんの救出を図る必要があります」
感情を必死に抑えた佐々木の言葉に、黒崎准教授はうなずいた。
「救出のためにも、脳操作の必要があります」
「どういう脳操作なんですか?」
「おそらく、鷺沢さんをこれまで悩まし続けてきた希死念慮が影響しているのだと思われます。その希死念慮を分析し、その原因となっている脳の微細構造にこの装置のスパイク磁気で刺激するしか方法はないと思われます」
「希死念慮って?」
「自殺念慮とも呼ばれます。死にたい、消えてなくなりたい、という思考あるいは観念です」
「そんなものが」
「これまでの治療記録では鷺沢さんはその人生のほとんどでそれが脳に常に存在し、常に苦しんできたようです。治療と服薬で耐えてきたようですが、それそのものはずっとなくならなかった」
「それが今回、鷺沢さんを殺しかけてる……」
「そういうことです。この装置でかろうじて抑えていますが、この装置が何かで止まったら鷺沢さんはおそらく」
空気がさらに重たくなった。