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第93話 殺人者は希死念慮(3)

「でも救えるんですか? その精神構造モデルで。聞いてると救出するにはそのために鷺沢さんと同じく8時間の準備が必要で、しかもその間に同じような危機に陥るリスクを背負わなくてはならないような気がしますけど」

 四十八願が言う。

「本来はそうです。でも」

 黒崎は口ごもった。

「ここでは準備済みの人間を使うしかないです」

 みんな、言葉を一瞬失った。

「準備済み? そんな人間が」

 黒崎がインカムに話かけた。

「カオル君を呼んで」

 すると奥の部屋から入院着のような服を着た、高校生ぐらいの年頃のボーイッシュな女の子が現れた。それもとびきりハンサムな女の子である。

「準備できてます。先生」

 彼女はそう応える。その美しい切れ長の目が輝く。しかし彼女の様子に悲壮さは少しもない。

「このカオル君がいなければこのSuperMEGは実現しなかった。IQ200以上で測定不能のギフテッドであり、このプロジェクトの被験者であると同時に研究者でもある」

「え、研究者?」

「カオル君は強力な言語化能力を持っていて、その能力が我々の人間精神意識モデルの研究に大きく寄与しました」

「でも、高校生では?」

「ええ。神奈川県内のとある高校にここから通学しています」

「そんな子をこんな人体実験に!」

 佐々木は憤る。

「いいんです。ぼくはこのために生きてるんですから」

 平然とカオルは応える。

「ぼくの生きる意味はこれですから。あとの将棋や鉄道は趣味に過ぎない」

「将棋と鉄道?」

「カオル君は将棋会館の奨励会に入っている将棋棋士の卵でもあり、また高校鉄研にも所属し、北急電鉄車両運用課にバイトで所属してダイヤ編成の仕事もしています」

「ほんとですか」

 佐々木も四十八願もあきれる。

「ウソをここで言っても全く仕方ないですよ」

 そういってカオルは軽く笑った。

「ぼくをこの装置のアダプターに使えば、8時間のセットアップを省略して鷺沢さんと鷺沢さんの奥さんの脳にアクセス可能になります」

「君! そんなに自分を粗末にしちゃダメ!」

 たまりかねて佐々木が言う。

「いいえ、粗末にしてるつもりはないです。ぼくをつかって人を救えるなら十分です。ぼくはそのために生まれて生きてると思う」

「それを粗末にしてる、って言うのよ!」

 佐々木が叫ぶ。

「そうですか? ぼくは少しもそうは思わないです」

「佐々木さん、でも今は鷺沢さんと奥さんを救うには他に道がないんだと思います」

 四十八願が言う。

「そのためにこのカオル君もうしなうかもしれない。危険すぎる! だいたいこの黒崎助教授もこの治療と呼べない行為の成功について保障できないのに!」

「大丈夫です。ぼく、こんなことで死んだりしないから」

「何言ってるの!!」

「だって」

 カオルは微笑んだ。

「夏の鉄道模型コンベンション、ぼく、うちの高校鉄研のみんなで出展するの、約束してますし。それを反故には出来ない。どうやっても生き残りますよ」

「えええっ!!」

 四十八願と晴山は驚いている。

「私たちも出展しますよ! コンベンション!」

「え、そうなんですか? ブースの番号と名前は」

「DM10『マジックパッシュ』だけど、あなたは」

「DM12『エビコー鉄道研究公団』です」

「すごく近いじゃない! おなじDブロック!」

「そうですよね。多分。まだ正式な配置図は運営から届いてないみたいだけど」

「なにあなたたち、そんなことで盛り上がってるの!」

 佐々木がさらに沸騰する。

「佐々木さん、多分この子、大丈夫ですよ」

 四十八願が言う。

「えええっ」

「だって、私たちと同じ模型テツのメンタリティですから。きっと魂は同じだと思うんです」

「意味わかんない!!」

「1年間を一つのそのイベントに賭ける気持ち、たぶん私たちの一番強い心のエネルギーです。きっとそれは今確保できる中でまぎれもなく最強だと思います」

「少しもわかんない!!」

 佐々木は取り乱している。

 そのときだった。

「佐々木さん!」

 四十八願が佐々木の向こうの壁を手で突いた。

「私たちには現実的に他に道がない。鷺沢さんを失うわけにはいかない。その奥さんも、そしてカオル君も。みんなで生き残るか、3人を失った失意で残りの人生を後悔だけ背負っていくか。どっちが良いか、私と晴山さんの気持ちと判断は一つなんです」

 四十八願の強い態度に佐々木は青い顔になった。

「佐々木さん、あなたの立場はわかりますが、ここを見過ごしてくれませんか? このまま鷺沢さんを見殺しにするか、カオルさんと救うワンチャンに賭けるかしかないんです」

 四十八願の眼はとても鋭く、もはや殺気すら持っていた。佐々木はそれに圧倒されて言葉が出ない。

「黒崎准教授、お願いします」

 彼女は背中の黒崎に言った。

「……承知しました」

 黒崎はうなずき、他の研究室のスタッフに指示を始めた。

「3号機の冷却を再開します。変電室に特高圧給電を依頼して」

「承知しました!」

「3号機、エントリーのためにゼロ基準点にスパイク磁気アレイヘッドを復帰させます」

「2号機、1号機の磁気リアクター健全性を再確認」

「冷却ヘリウム供給ポンプ正常稼働」

「2号、1号の被験者バイタル、許容最低値ですが安定してます」

「数理分析装置、すべて正常位置で稼働中。演算負荷は0.3%以下を保持」

「カオル君」

 カオルもうなずいた。

「大丈夫ですよ。ぼくが鷺沢さんと奥さんを死の淵から救い出します」

 そういってカオルは黄色っぽいガラス窓の向こうへ、分厚い磁気遮断ハッチを明けて向かっていく。

「だって一緒に鉄道コンベンションに出たいですから。模型テツとして、コンベンション出展のライバルとして、ここで目一杯賭けなきゃ、ずっと後悔すると思うから」

 そのカオルの足取りは自信に満ちていた。

「カオル君……」

「男らしい……」

 そう漏らす晴山と四十八願に、カオルは振り返って叫んだ。

「ぼくは女の子です!」


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