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第100話 真犯人は政府クラウド(1)

「あんなこんなで鉄道模型展示にまで動員されて、ほんと、ヒドい夏だったなあ」


 佐々木が嘆く。窓の空は高い秋の青空である。あの酷暑はようやく過ぎ去り、この海老名の住宅街では庭先にガーデニングを楽しむ人や、犬の散歩をする女性が戻ってきている。そんななか、子どもたちが自転車でこのマジックパッシュに集まってくる。


「いいかげん諦めてください。それいうならどうしてここに居着いちゃってるんですか。海老名署はどうしたんです?」


 四十八願が口を尖らせる。


「なんかねー。ここの方が居心地良いし」


「このマジックパッシュがですか?」


「案外、私、こういう雰囲気好きなのよね」


「子ども食堂が?」


「ぜんぜん思ってなかったんだけど」


 そういう佐々木に子どもがじゃれつこうとする。


「子どもって私たちの未来だものね」


「そうですけど」


「そういや、大倉参与、私たちに列車旅のプレゼントくれるんじゃなかったっけ」


「えっ、そんな話ありました? 佐々木さん、フレッシュジュースに目がないにしてもそれに鉄道旅を合わせると普通についてくるんだもんなあ。正直チョロいと思いません?」


「チョロいって……」




 四十八願の言葉に佐々木が困惑したそのとき、パトカーのサイレンがいくつも聞こえた。




「なんでしょう?」


 警察無線をインカムで聞く佐々木の表情がみるみるうちに変わっていく。


「え、どうしたんです?」


「……大倉参与が、襲われた」


「えええっ!」







「現場は国道246号線今泉陸橋上。大倉参与を乗せたタクシーが走行していたところをクルマに乗ったフル装備の男3名と2機のドローンが襲撃。クルマで進路を塞いで襲ったがしかし武器は銃では無く戦闘用のナタなどの刃物だったためにタクシーのドアを抜くことが出来ず、車内の大倉参与とタクシードライバーは無事。


 またすぐあとを県警機動捜査隊(機捜)の覆面パトカーが走行していて、隊員がすぐに拳銃を威嚇発砲し、男3名は逃走。その様子は他の走行中のクルマのドラレコに多く撮影され、男の人着について現在県警データベースで検索中」




 海老名署の署内会議室で、佐々木に先輩刑事の石田が説明する。


「参与、無事だったんですね」


「ああ。それどころか参与、普段から防弾防刃の下着着てて携帯警棒をもってるらしく」


「ええっ、あんなお歳なのに!?」


「久々に格闘できるかと思った、って興奮しておっしゃってる。今は応接室で休んで貰ってる」


「格闘、って」


 佐々木は思わずそう繰り返した。


「大倉参与、刑事時代に当時出来たばかりの警視庁SAT、特殊急襲部隊と一戦交えてるからな。武闘派で有名だった」


「想像も付きません」




 たしかに大倉参与は今は薄い銀髪の穏やかな貴婦人といった姿なのだ。そのいかにも優しそうな目元にブルーのキャリアスーツの姿には特殊警棒より古びた本がずっと似合う。




「それが昔は強行犯係でヤクザやチンピラとも平気で渡り合ってたらしい」


「そんなことが。でも大倉参与、なんで海老名に?」


「なんでも厚木の北の方に元上司のお墓があって。十回忌らしく、海老名までロマンスカーできてそこでタクシーに乗ってそれに行く途中だったとか」


「元上司?」


「ああ。警視庁特殊犯係時代の上司だとか」


「えっ、そんな部署が」


「お前さんも例のドラマを思っただろ。だがその上司さんはさすがにサスペンダーでチェスや紅茶をする人ではなかったらしいが、どうも似てるよなあ。そのかわり当時にしては妙な趣味があったらしい。なんでも警視庁で公安案件でもめた時には『コスプレして登庁するぞ』って脅してたとか」


「脅しって、なんですかそれは」


「しかも捜査一課の大部屋の中に熱帯魚の水槽だの作りかけのプラモの箱だのの私物を積み上げて要塞にしていたとか」


「……イミがわかりません」


「その人のもとではたらいてたのが今の大倉参与」


「そんな過去が。でもその人、そのあとどうしたんです? 普通なら追い出されそうだけど」


「有名ドラマのサスペンダー刑事と同じように警察内にいろいろあったらしく、結局クビにはならず、そのまま警察庁、さらには内閣参与になったそうな」


「大倉参与とおなじルートじゃないですか」


「だが、残念ながら、持病で亡くなった。今にしては若い年齢で。その死を多くの人が惜しんだという」


「それから10年……」


「大倉参与もその一人だ」


「その上司さんの名前は」


「鈴谷桂一」


「鈴谷さん……」


「とても優秀な方だったそうだ。最後は内閣府で行政のデジタル化に関するセキュリティ施策を担当していたらしい。しかし周りは当時はひどいデジタル音痴だらけで、鈴谷さんはそんななかで孤軍奮闘。それでも大倉参与には優しく接し続けてたという」


「そうなんですか」


「まあ、大倉参与からその鈴谷さんの話をいろいろ聞いたよ。羨ましいほどの立派な先輩刑事だ」


 そういう石田の顔が緩む。


「でも、そういういい人ほど、先にどんどん召されていっちまう」


「石田さんも気をつけてくださいね」


「え、俺が?」


 石田は虚を突かれたように言う。


「俺が? 俺なんか、ただの老害だぜ」


「そんなことないですよ」


「なことあるか。第一、未だにこんなモノやってるぐらいだぜ」


 と石田はタバコを見せた。吸いに行くらしい。


「でも、おまえさんにはそう思えてたのか……」


「自覚してください」


 佐々木が言うと、石田は照れくさそうに笑って、署の別の階の喫煙室に向かって去って行った。

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