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第101話 真犯人は政府クラウド(2)

「なんで参与が襲われたのか、調べてました」


 四十八願が調べたデータを見せる。


「そもそも参与の行動をどうやって把握したのかと思って調べたら、参与の使っていたタクシー予約アプリのサイトに外部からの侵入の痕跡がありました」


「もうみつけたの?」


 鷺沢が言う。


「私をなんだと思ってるんですか。一応警察の情報セキュリティの仕事もいろいろしてるんですよ」


「ホワイトハッカー、だもんな」


「なんでバカにしたみたいに言うんですか!」


 鷺沢への抗議で四十八願の整った鼻が膨らむ。


「でもそれにしちゃ早くないか?」


「今はいろいろ便利なものがあるんですよ」


「チャットAI?」


「そういうものの競争は激しいですからね。いつもいろいろ使ってみてます。でもどれも良くなる一方ではないんですよね。かんたんにハルシネーション、暴走してしまったり、逆にセキュリティやコンプライアンスで使いにくくなったり」


「競争があるのか」


「ええ。そこで今回使ってるのが『ERINA』です」


「あれ、どっかで聞いたぞ」


 鷺沢が気づく。


「海老名市の住民対応に使われてるAIと同じ名前です」


「……このところ思うんだけど、なんで海老名だけ、やたらそれが進んでるの?」


「わかりません。内閣から特区指定されてるみたいな痕跡はあるんですが、明文化はされてないようで」


「相模原はロボット特区に指定されてるのにいまいちだよね」


「特区に指定されてもいまいちだったり、指定されてないのにやたら進んでたり。今の行政ってムラが大きいですよね」


 四十八願は溜息をついた。


「それで私も困ってるわ」


 四十八願と鷺沢はその声に驚いて振り返った。


 差し込む秋の日差しを背負って、そこに、参与がいた。







「すみません、こんな散らかってて!」


 四十八願と晴山があわてている。


「いいのよ。仕事の真っ最中の仕事場ってこういうものでしょ。でも鉄道模型ね……鈴谷さんもすきだった」


「え、鈴谷さんもテツだったんですか?」


「そんな濃くは無かったんだけど、たしなみ程度に模型知ってたし、乗って好きな車両は買っていたみたい」


「そうなんですか……」


「それに鉄道での移動を好む人だった。私の運転するクルマはあんまり好きじゃ無かったみたい」


「参与がクルマを運転? どんなクルマを」


「FDよ」


「ええっ、あの昔のスポーツカー!?」


「そういうのも好きだったの。って、今の私にはぜんぜん似合わないわね」


 否定できないマジックパッシュの一同である。今の参与はRX-7よりも小さめのミニや、場合によってはかわいげのある軽自動車のほうが似合いそうだ。スポーツカーだとしても小柄なロータスとかが似合いそうで、やたらパワフルで大柄なRX-7が似合うとは到底思えない。


「話、続けてくれる?」


 四十八願は少し間を置いて、自分を落ち着かせた。


「そのタクシー予約サイトへの侵入、ログを分析したところ、海外のハッカーグループの特徴がいくつかありました」


「海外? てことは海外の国家や組織が黒幕かな」


「ただ、そのハッカーグループは国家と紐付きが弱い集団で、できるだけ特定の国に依存しないようにしていると振る舞い分析がされています。決済も暗号通貨だし、それを積まれればヘーキでどの国にも攻撃する」


「フリーのネット傭兵か」


「そんな感じですね」


「で、参与は十回忌行けなかったんですよね」


「そうね。でも、お線香あげに行ってきたわ。鈴谷さんのご家族のところに」


「家族、いるんですね」


「お父様もお母様も姉弟も亡くなってて、親戚の方が鈴谷さんの家を管理してたわ。でも鈴谷さん、特徴的だから思い出話も多くなってしまって」


「そうなんですか」


「鈴谷さんの趣味のグッズ、まだ残ってたわ。作りかけのプラモ、読みかけのマンガや本。今でも生きて、また『どーも』ってやってきそうだった」


 参与は穏やかに、思い出すのもうれしそうに話す。


「10年経ってもそうなんですね」


「時間が止まってるみたいだったけど、それがよかったわ」


 参与はそう言うと、あ、紅茶?と聞いた。晴山が紅茶を用意していた。


「あんなオタクな刑事じゃ、テレビドラマには出来ないわね。でも鈴谷さんはそれを全然気にしなかった。その先輩もずっと昔の国鉄総裁の事件や銀行毒殺事件、さらにはボ-ナス現金輸送車襲撃事件と言ったさまざまな迷宮事件に関わってた。まさかと思ったけど、参与になってしらべたら本当にそうだったわ」


 えっ、と鷺沢たちは顔を見合わせる。


「ああいう事件、解決してたんですか」


「むずかしいわね。解決と言いがたいけど、それでもケリはつけられてた」


 また顔を見合わせる。


「世の中の事件はそれが起きた時点でもう失敗なのよ。でもその損害を局限し、一応の区切りをつけるってことは必要。解決ではない解決だけど」


「なんだか納得がいきませんよね」


 参与は笑った。


「世の中は私たちが納得するために作られているわけでは無いわ。不条理に有り余ってるなかで、痛快な解決なんて滅多に無い。だからフィクションがあるのよ。『倍返し』とか、『懲らしめてやりなさい』ってドラマについ目が向いてしまう。でもああいうのは現実に無いから見ちゃうのよ。そしてああいうものに餓えることもある。でも、忘れちゃいけない。私たちの溜飲を単に下げるための正義だったら、それは多くの場合、恐ろしい罠なのよ」


 参与は、そうまた穏やかに微笑んだ。それだけつらいことをいくつも超えてきたのだろうか、と鷺沢も佐々木も推測した。


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