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第102話 真犯人は政府クラウド(3)

「あら、それがそのERINA?」


 参与が四十八願の画面に気づいた。


「ただのアイコンですよ?」


 四十八願が言うが、参与の瞳はそれを見てなにかを思い出している。


「中身はただのチャットAI、大規模言語モデルです。演算は最近流行りはじめている量子コンピューターを応用しているらしいですが」


「でもなんででしょうね。なんだか懐かしい感じ」


「そうですね。私も使ってて思います。なんかやたら昭和生まれのオタクっぽいところがあるんですよね。デザインも昔のアニメのキャラクターっぽいし。そういう個性付けされてるのかなと思ってたけど」


「鈴谷さん、穏やかな人だった。どんなに敵意を向けられても、いつもヘラヘラ笑ってるみたいな人。でも真剣に怒ったことが二回だけある。一回目は別れた奥さんのことを不用意につついた犯人に対して。もう一回は内閣参与時代。労働生産性の議論ですごく怒っていた。私たちは当時はなんとも思わなかった。雇用流動性を高めよう、多様な働き方を実現しよう、っていう議論。でも鈴谷さんは専門外なのにめちゃくちゃ反対してた。それであとでそのときの官房長官に呼び出されるぐらい。普段冷静な鈴谷さんらしくなくて、私も聞いて驚いてしまった」


「今思えば、そのときの議論がそのあとの失われた30年を決めちゃったんですね」


「鈴谷さん、時々そういう頭の中にタイムマシンがあるんじゃないか、ってことがあったわ」


 参与が続ける。


「不思議な人ですね」


「ええ。警視庁時代は、婦警の子と私と鈴谷さんで特殊班5係として行動してた。その婦警の子も変な子で」


「そうなんですか」


「その子は今も警察にいる。時々仕事で会うこともある。時々鈴谷さんの話をすることもあるわ」


「そうやって話題にされてるあいだは、その人はまだ生きてるんだ、って話を聞いたことがあります」


「そうかもしれないわね。それで、鈴谷さんにその頭の中のタイムマシンの種明かしを頼んだことがあるの」


「え、そんなことを?」


「返事は、タイムマシンじゃ無いけど、そういう創造性の豊かな友人とよく話をしてるからね、って」


「それ、誰なんだろうね」


「最後まで教えてくれなかった。私も知らない。調べたけど鈴谷さんはその人のことをヒミツにしたまま」


 参与はそう眉を寄せている。


 そのとき、鷺沢が思いついた。


「そのこと、ERINAに聞いてみるってどうだろう?」


「知ってるとは思えないけど」


 四十八願は乗り気でない声を上げる。


「そりゃそうだけどさ、AIって疲れないし感情も無いから、ぼくらみたいな『見落とし』をしないと思う」


「そうかなあ。たしかにAIはそうですけど」


 四十八願がちょっと考えてから、ERINAに対して質問文を入力する。


「あら、なんかこのERINAの答えかた、なんかどこか似てるわね。鈴谷さんに」


「そうなんですか」


 四十八願は応えるが、鷺沢が首をかしげる。


「そういや、鈴谷さんって、最後、内閣府の情報セキュリティ担当参与だったんだよね」


「ええ」


「で、当時、まわりはデジタル音痴だらけ。USBメモリがなにかも知らない原始人じーさんにかこまれてる」


「そうだったんでしょうね」


「だとしたら……10年前とはいえ、そのまま自分の仕事の結果に遠いままくたばるのは、すごく悔しかっただろうな、と思う」


「そりゃ、普通に悔しくなく亡くなる人は希なんじゃないですか」


 四十八願がそう受ける。


「でもさ、鈴谷さん、もし生き残る方法があれば、間違いなくそれを選んだと思う」


「それもみんなそうですよ。でも生き残るってことを定義しないと話がぐっちゃぐっちゃになりますよ」


「もう遅いと思うけど。でもさ、もし、自分の記憶をデジタル化して、AIの大規模言語モデルに渡せたら、どうだろう?」


「そんなことやった例はないと思いますよ。SF的でむちゃくちゃです。でも」


「でも?」


「過去の対話データをつかって応答をパーソナライズする実験は確かに現在、されてますね。カスタマーサポートやパーソナルアシスタントに応用しようと考えてる人もいます。でも記憶を移植するには技術的にまだ壁が高いです」


「だけど、ぼくの記憶、みんなで見ちゃってたんだよね」


「うっ」


 佐々木と四十八願が声を上げる。


「いやー、ぼくの変態なヒミツまで見られたかと思うと、さすがにええっ、ってなるけどさ」


「もう! 私、鷺沢さんの妄想のレースクイーンだの競泳水着だのブルマだのが出てきたらどうしようかとヒヤヒヤしたんですよ! 本気で! あのとき!」


 四十八願が怒って叫ぶ。


「そこは思ってても、具体的に言わないでくれよ……」


 鷺沢が弱りながらあきれる。


「でも、あの病院で鷺沢さんの記憶にアクセスしたSuperMEG装置は特例中の特例だし、それだって倫理的にも完全にアウトで使えないんですよ」


「だけどさ、おれ、それつかっちゃったし、それでおれも死にかけたわけで」


「いいのかなあ、そんなことで」


 四十八願も晴山も呆れる。


「それで、鈴谷さんが最期を迎えた病院は?」


「参与、まさか」


「……そうね。あの鷺沢の事件と同じ大学病院の系列の終末期病院だった」


 思わず四十八願と佐々木は目を見合わせた。


「そんなことが!?」

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