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第103話 真犯人は政府クラウド(4)

「でも鈴谷さんがほんとにこのERINAの中に生きてるってことでしょうか」


「それはわからないとしか言いようがないけど」


 参与は困った顔になる。


「じゃあ、ERINAに聞いてみますよ」


 四十八願はプロンプトを書き始めた。


「なるほど、プロンプトインジェクションか。AIに自白させちゃう四十八願の得意技だ」


 しかし。


「うわー。ガード高いなあ。他の件について聞いても他の生成AIよりコンプライアンスが絡む際どい質問も拒否しないERINAだけど、鈴谷さん関連を少し匂わせたらすぐに拒否しますね」


「無理か……」


「でもその拒否するラインを調べれば、ある程度の推測はできると思うんです」


 四十八願はプロンプトを書き続けている。


「なるほど、そうやってやるのか」


「なんとなく、鈴谷さんが大事にしていたその未来を精密に予測してた友人ってのに興味があります。正体見破りたい」


「たしかに」


「多分それがこの事件、参与襲撃にも関わってるんじゃないかと」


「うーむ」


 鷺沢が考え込む。


「その友人は、そもそも今生きてるんだろうか」


「それも含めて調べたいですね」


 四十八願が答える。


「生きてたら何歳ぐらいだろう? 参与はご存知ですか」


「それが鈴谷さん、少しも教えてくれなかった」


 参与も更に困っている。


「うーむ、ますます怪しいなあ」


「今襲撃事件捜査本部から連絡があって。襲撃犯の一人を逮捕したって」


 佐々木が報告する。


「おお! 取り調べは!」


「やってるけど、どうも闇バイト募集サイトで集められた素人で、指示だけ秘話化SNSでされて、誰を襲ってるのかも今でもさっぱり理解してないっぽい」


「誰を襲うのかもわかんないのに衆人環視の中でナタ振り回したの? 粗暴だなあ」


「経済的に追い詰められて自暴自棄になってた、とにかく金か生活が欲しかった、捕まれば囚人としても生きていけるからまだマシだ、だから自首した、って。でも自首要件満たしてないから緊急逮捕になっちゃったけど」


「え、県警はその前にもう誰が犯人か、特定できてたの?」


「ええ。警視庁の情報犯罪センターが闇バイトサイトのパトロール結果でマークしてた人物だった。警視庁も広域捜査でこの捜査に参加してますからね」


 佐々木が言う。


「経済的に、って。でも俺も明日は我が身だなあ。今バイトのシフトがめちゃ削られて毎月赤字、このままだと生活が破綻する」


「そうなんですか?」


「でも体がしんどいし障がい者の補助も受けてるから、就労支援っていう制度を受けようと思ってた。そしたら、それ受けるためにはバイトもやめて完全無職になれ、って。就労支援受けてる間の生活費どうなっちまうんだ」


「そりゃそうですよね」


「それで役所に聞いたら、社会福祉協議会から貸付受けろ、そのために連帯保証人つけろ、って。つけなきゃ利子も払え、って」


「そんな……」


「まあ、就労支援って時間も拘束されるものだからバイトといっしょには出来ないってのはわかるけどさ、これ、ちゃんと聞かないと死刑宣告みたいに思えちゃうよ。それで今度役所に相談に行くんだけど、行けない人はその時点でもう絶望だよね」


「今そういうの多いですよね」


「手厚くいろんな対策してるはずなのになんでもかんでもとにかく役所に来い、相談受けろ、指定業者のサービス受けろ、ってのばっかりで、それから外れたらもう野垂れ死に決定。それで用意した制度なのに利用実績がろくにないものもある。なんなんだろうねこの国。嘆いても仕方ないけど。東京都はそんな事言わないなんて話も聞いたけど、神奈川県これじゃ障がい者の悲惨な事件があるのもそうだよなあ、って思っちゃうよ。未だに福祉が『余裕あるからやってあげる』っていう『施し』の感覚だもん。福祉ってそういうものじゃないはずなのに。仕方ないけどさ」


「鷺沢さんそんなことに」


「田舎ほどそうですね。本当に残念です」


 参与もいう。


「内閣も莫大な額を福祉に配分しているんです。氷河期世代の救済にも議論を重ね、多額の予算もつけています。でもそれがろくに知られることも活用されることもなく、一向に執行額も伸びない」


「どこに消えちゃうんでしょうね」


「令和日本の謎だよ。ほんと」


「というか」


 四十八願が口を挟んだ。


「ミステリーだってことで未だに殺人事件だの密室事件だの時代錯誤の怪盗だのやってるより、そういうことのほうが、ずっとものすごくミステリーですよね。多くの人がそこに理不尽と深い謎を感じてるのに、なんでだれもかれも全くそこを埋めないんでしょう。それをやらないのにミステリーが売れない、本が売れない、って言われても、そりゃそうですよね、と思います」


「四十八願もそういうことを」


「ニーズに合わないことやってるのに商売が成立するわけないのに、それを相変わらずやってて、それで本屋が潰れた本を読んでもらえない儲からない、って、どう考えても当たり前じゃないですか。本を書ける頭があるのにいったい何やってるんでしょう」


「それはおれも感じてる」


 鷺沢は頭をかいた。


「物語書きがそういう不条理と戦わないのに、一般の人が現実で戦えるわけないよね。おれなんか今はほとんど廃業同然だけど、それでもそういう意識は捨てたくない。たとえ全然読んでもらえなくても。だって、それすらうしなったら、あまりにも何もかもむなしすぎる」


 参与も頷いている。


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