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第104話 真犯人は政府クラウド(5)

数日後。


「しかしERINA、ガード堅いなあ。プロンプトインジェクション仕掛けても、なかなかつかみ所が無いようにいろいろ偽装してきますよ」


 四十八願がふーっと息を吐く。


「まさに難攻不落。今ある生成AIで最高クラスの難易度ですね」


「そういや、このところ鷺沢さん出掛けること多いけど、鷺沢さんの就職活動ってどうなったの? そもそも鷺沢さん、仕事ついてなかったっけ」


「なんか臨時職員と請負のバイトらしいんですけど、どっちも勤務コマ数がメチャクチャ減らされてどうにもならないんだそうです」


 そのとき佐々木と四十八願は飛び上がった。


「なにしてるんですか!」


 そこには、生気をすっかり失って幽霊のようになった鷺沢がいた。







「どうしたんです? 取り敢えず温かくて甘い物お召しになって」


 晴山がママレード入りの紅茶を出す。だが鷺沢はそれに手を付ける気力もないようだ。


「役所に相談に行ってきた。結局、どうもならん」


「どうもならん、って」


「仕事やめて就労支援行く間の生活費どうしようって相談だけど、役所は話聞いただけ。あとは今度はハロワに相談行け、って」


「これで相談何回目なんですか。たらい回しも良いとこですよ」


「制度的になんも補助できる制度が無いんだそうな。車と今の中古マンション処分して生活保護受けようにも、すでに生活保護レベルで破綻しかかってることの解決にはなんにもならん。社会福祉協議会の生活再建のための貸付も就職のあて以前の就労支援ではリスク多すぎてできない。結局職員に身の上話してジェットコースターぶりにケラケラ笑ってもらっただけだった」


「そんな……」


「鷺沢さん、いくら生活に足りないんですか? 私、それぐらいなら貸しますよ。お金なら稼いでますし」


 四十八願が言う。


「それは無理だよ。返すつもりでもそんなリスクを君に背負わせるわけにはいかない」


「だって破綻したら鷺沢さん、今度こそ電車に飛び込むって。鉄道の未来の夢をあれだけ展示しといて最後が鉄道自殺なんて、まったく洒落になりませんよ」


「もうおれは世の中に必要ないってことなんだよ」


「そんなことありません!」


 四十八願が叫ぶ。


「でもセーフティーネットが何もないなんて」


「一番現実的なのは、こういう物書きとか色々する生活を始めた25年前にタイムマシンで戻ってまともな仕事に就き直すことだって」


「それのどこが現実的なんですか」


「他に何もない。あとは実家と共に路頭に迷ってこの世界から消えるしかない。カラスについばまれて消えるか、自分で確実に一気に消えるか」


「結局世の中って目障りでないとこでそう言う人に自然に消えてほしい、ってだけですもんね。障害者にそうしてるくせに何が人権だ平等だ、って思うけど」


「努力が足りなかったから仕方ないよ。ここまでやってきてもうどう努力したらいいかサッパリわからなくなったけど。こんなことなら誰にも心配かけないために相談なんかしないで一人で抱えて」


「やめてくださいよ……」


 四十八願が言う。


「参与の事件の手がかりもなかなか出ないし」


「今、匿名SNSの記録を調べてるけど、なかなか出てこない」


 佐々木も困っている。


「でもおぼろげながらだけど、参与を襲った理由は鈴谷さんのことが強く関わってる気がします。金目当ての犯行でも無いし、参与の他の件も色々調べたけど恨みを買ってる可能性も薄い。一番アヤシイのは鈴谷さんの十周忌参列への移動だって件。相手はとにかく鈴谷さんのことに触れられると困るんじゃないかと」


「だって亡くなったの10年前よ?」


「向こうはそれをまったく放置できないんです」


「ほっとけば忘れてしまうのに、わざわざ目立たせちゃって。逆効果もいいとこじゃない」


「それでも鈴谷さんのことを蒸し返されたくないんです。それで参与に警告の意味で襲撃を」


「その報酬額みたんですけど、3人に1人100万円相当の暗号通貨。うち30万は暗号通貨の前金で渡してますね。3人はそれで暗号通貨払いの出来る寿司屋で高い寿司食べてる」


「警告で総額300万か。気前いいなあ。どんだけ鈴谷さんを恐れてるんだか」


「そこらへんでアヤシイ人物を探すしかないわね」


 佐々木が言う。


「参与にもいろいろ伺わないとね。お忙しいでしょうけど」


「あ、そうだ! これ解決したら、鷺沢さんになにか御褒美出せません? 警察から。それで生活の足しに」


「うーん、そういう制度がないのよね」


「困った人がいるのに助ける制度がこんなにないなんて」


「手厚く対応してるはずなのに、どうしてこういう抜けが出ちゃうんだろう」


「その抜けも認識されないまま。今の日本がいろいろこうなってるのもそのせいなんでしょうね」


「まさしく謎ですね」


「それもとびきり大きな謎よ。今の日本で多くの人がこれで困ってる」


「失われた30年はないとか言ってるじーさんがこの前いて。私、キレかかりながら言いましたよ。家族作って家買ってクルマ買った家族の給料を減らしたら、その家族はどうします? 家もクルマも実質的には処分できないけどローンだけ重荷になる。だからお母さんはパートに行くしかない。お父さんも仕事にしがみつくしかない。でも二人で稼いでもほとんどはローン返済に消える。それでもスマホ持ってる? スマホもなくなったらその仕事も生活も失う。可処分所得なんてほとんどなくなる。これが日本中で起きて、それにみんな喘いだのがこの失われた30年ですよ。これのどこに努力して回避する余地があるんですか。何がリスキリングですか。何が貯蓄より投資ですか。冗談言うのやめてほしいですよ」


 四十八願は憤懣やるかたない。


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